「50代で気づいた。自分は、一番大切にすべき大親友だった」
〜自分を後回しにしてきた50代が、やっと自分を一番大切にすることにした話〜
大親友を、ずっと後回しにしてきた
あなたには、大親友がいるだろうか。
いつも自分のそばにいて、 誰よりも長く付き合ってきた、 たった一人の存在が。
大親友がいたとして。
その人がしんどそうだったら、 あなたはどうするだろう。
休ませてあげる。 無理しなくていいと言う。 そっと寄り添う。
でも、自分自身には?
どうだっただろうか。
40代までの自分は、 大親友である自分自身を ずっと後回しにし続けてきた。
優先してきたのは、
家族。 仕事。 他人の評価。 見栄え。 認められること。
自分自身への優先度は、 いつも最後だった。
しんどそうな大親友を横目に、 こう思うようにしていた。
「あいつは大丈夫。 そんなことで折れるような やつじゃない」
思っていたのではない。
思うようにしていた。
50代で、現実を突きつけられた
50代になって、 疲労が抜けない日が増えた。
人間ドックの数値に 引っかかる項目が増えた。
友人が健康を害したという話を 聞くようになった。
休日は、 ただ体を休めるだけになっていった。
それでも自分に言い聞かせていた。
「これは老いだから仕方ない。 自然の摂理だ」
大親友が出していた黄色信号に、 見て見ぬふりをしていた。
ある日、体を計測する機会があった。
体重はある程度把握していた。
でも、体脂肪率と除脂肪体重の数値を 見た瞬間、言葉を失った。
運動を続けてきた 自分でさえ、だ。
見た目はただの老朽化した家。 外壁はなんとか保っている。
でも壁の中は、 知らないうちに 朽ちはじめていた。
自分自身が、 見栄え以上にスカスカになっている。
数字が静かに、 現実を突きつけてきた。
これは、思った以上にダメになっている。
この先、健康を維持することは、 何をやるにしても 最もプライオリティの高い条件だ。
未来の満足度を上げるためにも、
自分という大親友への配慮を、 第一優先にすることを決めた。
大親友への、新しい接し方
急がなくていい。 少しずつ慣れていけばいい。
自分自身を育てる、 ロールプレイングゲームのような感覚でいい。
レベル1 朝5時に起きられた →眠くても布団から出られた朝
レベル2 トレーニングが習慣になった →筋トレにランニングを追加できた
レベル3 自分を労れるようになった →しんどい日に「今日はいい」と言えた
小さなレベルアップを 積み重ねていく。
できなかったことができるようになる。 体が回復していく。 良くなっていることを実感する。 そして、自分自身を好きになっていく。
これが、50代のレベルアップだと思っている。
時間はかかる。
でも、時間には支配されない。
生活にゆとりを持って、 自分への時間を丁寧に使う。
それが、大親友への 最高の配慮なのだと、今は思っている。
急がないことが、50代の一番の強さだった
急がないことは、弱さじゃない。
必要性を咀嚼しながら、 腹落ちさせながら進める。
それができるのが、 50代の強みだと思っている。
若い頃は、結果を急いだ。
早く成果を出さなければ。 早く認められなければ。
でも50代になると、 体はすぐに結果を出してくれない。
思うように動かない日もある。 回復に時間がかかる日もある。
でもそれは、弱さではない。
50年という歳月が培ってきた、 「味わう力」が育ってきた証だと思っている。
美味しいものを急いで食べるのではなく、 ゆっくり味わって食べることに 満足感を見出せる年代になってきた。
人生も、同じだ。
結果を急がず、 プロセスを楽しむ。
それが50代の、 一番賢い自分への投資だと思っている。
自分という大親友と、これから歩いていく
もしあなたも、 自分を後回しにしてきた一人なら、
今日から少しだけ、 自分という大親友に 目を向けてみてほしい。
自分を好きになること。
自分自身を育てていくこと。
自分という大親友を、 最も大切にしていくこと。
それが、50代以降の人生を 幸福にしていくのだと思っている。
自分が幸福になれば、 家族も、周りの人たちも、 幸福にしていけるかもしれない。
自分を満たすことは、 わがままじゃない。
むしろ、 一番大切な人たちへの 贈り物になると思っている。
50年間。
がむしゃらに働いて、 家族のために動いて、 自分を後回しにしてきた。
その時間は、決して無駄じゃない。
でも今度は、 自分自身を大切にする番だ。
50年間頑張ってきた自分に、 やっと言えるようになった。
「お疲れ様。これからは、 お前を一番大切にするよ」
その言葉が言えた日から、 人生が少しだけ 軽くなった気がした。
自分という大親友と、 これからも長く、丁寧に歩いていきたい。
