思考がオーバーヒートした3週間|50代で気づいた自分の可能性
①疲弊した状態でのスタート
毎日、酸素が足りなかった。
通訳をしながら、自分のトレーニングコーチ業を続ける。チーム全体を見て、個別対応をして、他のコーチとの橋渡しもする。10日間、そんな日々が続いた。
そんな矢先に、話が来た。
「申し訳ないけど、あなたにお願いしたい。」
アメリカでの3週間の研修。技術コーチと選手数名の通訳兼マネージャーとして。
他に適任者はいない。そう言われた。
迷わなかった。 自分の可能性を知りたかった。 その流れが来ていると感じた。
2つ返事で受けた。
②体の言葉を、英語にする
アメリカに着いた初日、私はトレーニングコーチではなかった。
英語が話せないコーチと選手を引率して、見知らぬ国を動かす。迎えとの連絡、ホテルのセッティング、スケジュール管理、日用品の買い出し。
頭の片隅で思った。これ、旅行代理店の仕事だ、と。
団体行動は、先導するより先導される方が楽だ。それは正直な本音だった。
でも同時に思っていた。
俺しかできない仕事だ、と。
③人生最大のフル回転
研修が始まった。
毎日、コーチの研修と選手のトレーニング実習。技術的な通訳は私の仕事だった。
一番きつかったのは、突然出される資料をその場で訳す瞬間だった。専門的な言い回し。体の使い方の微妙なニュアンス。スピードと正確性、両方を同時に要求される。
思考がオーバーヒート寸前だった。
だから毎朝6時に起きてトレーニングを続けた。
思考は休めても、フィジカルは健全でいよう。そう思いながら。
そして夜。重いアメリカンフードに飽き飽きしてきた頃、いざという時のために持参したパックご飯と味噌汁と秋刀魚の缶詰を食べる機会があった。普段はほとんど食べないものだった。
それが、信じられないくらい美味しかった。
日本食の繊細な味付けに、改めて感動した。
でも同時に、気づいていた。
…俺の思考、まだここまで回るんだ。
疲弊しきった体の中で、脳だけが熱く動いていた。
④限界の先に見えたもの
3週間を終えた時、何かが変わっていた。
濃密な日々を過ごしたからこそ、時間の大切さが身に沁みた。量じゃない。時間の質に着目するようになった。
そして気づいた。物事を整理整頓すること。それが効率を上げ、時間を生み出す。整える→動ける→また時間が生まれる。その良いフローが回り始めた。
限界の先で、何かが動き出した。行動への一歩が加速した。やろうと思ったら、すぐ動けるようになった。
そして気づいた。
自分の人生は、自分でプロデュースできる。 自分をもっと好きになっていい。 50代でも、まだ全然間に合う、と。
⑤あの3週間が今の自分を作った
変化は突然訪れる。でもこれは必然だったのかもしれない。
英語の通訳をやろうと決めてから、いくつもの困難が行く手を阻んだ。壁は見た目にも相当高かった。
でも気づいていた。
それは、越えられる壁だと。
50代だから無理。そういう年じゃない。そう考えるのをやめた。
50代だから、知恵がある。経験がある。ある意味、失うプライドもない。
むしろ今が、変化を受け入れて、精査して、整えられる時期なのかもしれない。
あの濃密な3週間が、今の自分を作った。
