濃密な1時間が作れれば、その日はもう勝ち
朝は、出発時間に間に合う
ギリギリの時間に起きていた。
いつも時間に追われるような感覚で
朝を迎えていた。
もう少し寝ていたいという気持ちと、
「もう朝か…」という、
ある意味絶望感のようなもの。
朝が来てしまった。
そんな思考で
1日をスタートしていた。
朝ごはんも急いで食べる。
味わうというより
ただ済ませるための作業のような感じだった。
ゆっくり過ごす時間もなく、
時計を見ては次の準備。
この頃は夜遅くに寝ることも多く、
睡眠も十分とは言えなかった。
そのせいか、
朝の頭はどちらかというと
ぼーっとしている状態だった。
気がつくと、朝は
「整える時間」ではなく
ただ
時間に追われる時間
になっていた。
朝5時を始めたきっかけは、
ある動画で「時間の大切さ」について
話しているのを見たことだった。
時間は誰にでも平等に
1日24時間ある。
そんな話だった。
でも、その時は正直
当たり前すぎてあまりピンとこなかった。
以前に読んだ本でも
「朝の時間は大切だ」という話を
聞いたことがあった。
ただ、夜遅く寝ていた私にとって
朝早く起きるということは
ただの寝不足でしかなかった。
あの眠い朝よりも
さらに早く起きるなんて
考えたこともなかった。
転機が訪れたのは、
仕事のあるプロジェクトだった。
その仕事の中で
英語の通訳をしなければならなくなった。
50代になり、
どちらかというと
第一線から少し退く立場なのかなと
感じていた頃でもあった。
最近は、
思考の回転が少し遅くなってきたかもしれない。
そんな感覚もあった。
それでも
この仕事は何とかやり遂げなければならない。
準備する時間も
多くはなかった。
だから考えた。
今ある時間を
最大限に活かすにはどうしたらいいか。
そのとき、ふと
以前どこかで聞いた言葉を思い出した。
朝の時間は
思考が整理されやすく
効率も上がる。
本で読んだのか
動画で見たのかは覚えていない。
でも、その言葉が
頭に浮かんだ。
そこで私は
朝5時に起きて
準備をすることを決めた。
もちろん
朝5時の時間を活かすために
夜は早く寝るようにした。
睡眠も
最低7時間は確保するようにした。
ある意味
追い込まれたからこそ選んだ方法だった。
でも結果として
この朝5時に起きる習慣は
少しずつ生活の中に定着していった。
朝5時に起きて準備を始めてみると、
思った以上に集中できた。
英語の資料を読んでいても
いつもよりスムーズに
頭の中に入っていく。
それだけではなかった。
朝の静かな時間は
自分自身を落ち着かせてくれていた。
頭の中が
少しずつ整理されていくような感覚もあった。
朝の時間を有効に使うことで
その日1日を
有意義に過ごすこともできた。
時にはジムに行き
トレーニングで
リフレッシュすることもあった。
それまでの私は、
夜、なんとなく
次の日を迎えたくない気持ちのまま
今ある時間を過ごしていた。
でも、
早く寝て
朝5時に起きて使う時間は
それとは
まったく違っていた。
時間の密度が違う。
時間の価値が
まったく違って感じられた。
それは
時間というものの価値を
初めて本当に理解した瞬間だった。
私にとって
濃密な時間とは、
時を忘れるくらい
集中している時間のこと。
気がついたら
もう1時間経っている。
そんな感覚の時間だ。
ブログを書きながら
自分の思考を整理したり、
物事を振り返ったり、
新しいアイデアが浮かんだりする。
ボサノバを流しながら
コーヒーを飲み、
静かに作業をする。
その時間は
まるで
この世界に自分だけしか
存在していないような空間。
言うならば
最高の自分おうちカフェ。
そのとき私は
時間を自分のものにしている
そんな感覚になる。
年齢を重ねるにつれて
人生の時間は少しずつ減っていく。
だからこそ
今だから
この年齢だからこそ
この濃密な1時間の価値を
感じられるのかもしれない。
人生を大きく変える必要はない。
ただ
濃密な1時間を作ること。
その時間があるだけで
その日1日の質は変わる。
そして気がつくと
人生の時間そのものが
少しずつ整っていく。
だから私は今日も
朝の静かな時間を大切にしている。
濃密な1時間が作れれば、その日はもう勝ち。
