自分を整える

こだわりは、生きる流儀だった|50代が手に入れた、シンプルな意思決定

バマ

「こだわり」って何だろう、とふと思った。

40代の自分に、こだわりはなかった

正確に言うと、なかったんじゃない。

整理する余裕も、言語化する時間も、なかった。

仕事優先、家族優先でスケジュールを埋めて、残った時間は家でゴロゴロ。
余計なことをする気力もなく、ゲームか動画かアニメを見ながらお菓子を食べる。
それが日常のストレス発散だった。
飲みに行くのも同じ理由だった。

「こだわり」を考える隙間が、どこにもなかった。

こだわりの正体は、生きる流儀だった

今の自分に「こだわりは何か」と聞くと、ポンポン出てくる。

食にストレス発散を求めない。
睡眠7時間を確保する。
朝の時間を大切にする。
筋量を意識したトレーニングを続ける。
余白を持つ。
謙虚に物事を考える。
ブログで自分を整えていく。

これだけ出てくるのに、40代の頃は一つも出てこなかった。

変わったのは、こだわりの中身じゃない。

自分の軸が立ったから、言葉にできるようになった。

こだわりとは結局、自分への問いかけだ。
これは自分の目的に沿っているか。
この時間は最優先か、後回しでいいか。
これは自分を幸せにするか。
その問いに即決できる状態が、こだわりを持っているということだと思う。

生きる流儀、と言い換えてもいい。

一番変わったこと

たくさんあるこだわりの中で、一番変わったのは食への向き合い方だ。

体脂肪を減らそうと、ある程度の食事制限を始めた時のこと。
食べたいものを我慢しながら、ふと思った。

自分は本当に「食べたい」のか。

よく考えたら違った。
食べたいという願望より、食べた後の幸せなマインドが欲しかっただけだった。

「食べたいんじゃなく、食べた幸せが欲しかっただけ。」

それに気づいた瞬間、食はストレス発散の道具じゃなくなった。
体脂肪が減ることの方が、今の自分が求めているマインドだとわかったから。

義務感じゃなく、複利だと思えるようになった

トレーニングは仕事として「やらなきゃいけない」ものだった。
睡眠は5時間あれば十分という発想だった。
できる人間は睡眠を削って時間を有効活用する、そう思っていたから、睡眠はどちらかといえば「悪」に近い認識だった。
朝の時間を意識して使うという発想は、そもそもなかった。

今は違う。

トレーニングも睡眠も、今はこの先の健康と、自分を好きでいられる体のための複利だと思っている。
だから今日はいっかと思える日を許せる。
トレーニングが1週間空いても許容範囲だと思える。

貯金するみたいに、できる時はする。
できない時は現状維持。

そのくらいのマイペースで続けられるようになったのは、目的がはっきりしているからだ。
こだわりという軸があるから、判断に迷わない。

定年というゴールが見えた時

こだわりは、体や時間だけじゃない。
仕事への向き合い方も変わった。

人は、身近な人の死で自分の寿命を認識する。

定年というゴールが見えてきた時、今の仕事環境が永遠じゃないとわかった。
それがこだわりになった。
今ここで学べることを噛み締める。
積み上げてきたものを遺憾なく発揮する。
自己満足度を上げながら働く。

それが今の自分の、仕事への流儀だ。

50代のこだわりは、散乱した人生を整理する軸だった

40代は、机の上がごちゃごちゃな状態だった。

情報も経験も感情も、全部散乱していた。
整理しようとしても、軸が決まらないから整理できない。

50代になると、カテゴライズできる知識と経験が揃ってくる。
物事を多方面から見られるようになる。
暗号を解読できるようになる。

そこで初めて、こだわりという軸が立つ。

軸が立つと、周りが一気に整理される。
良いか悪いか、最優先か後回しか、自分を幸せにするかどうか。
判断基準がシンプルになる。
パズルが組み上がっていく感覚だ。

こだわりとは、自分という軸で人生を整理するための、生きる流儀だった。

今朝も5時に起きて、コーヒーを一杯淹れた。
今日も自分のペースで、自分らしく積み上げていく。

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ABOUT ME
バマ
バマ
50代の再チャレンジャー
アスレティックトレーナー/トレーニングコーチ。 プロとアマチュア、両方の現場で25年以上、選手と向き合ってきた。 50代になって気づいた。自分を一番蔑ろにしていたのは、自分自身だった。 体を整え、思考を整え、暮らしを整え、そして自分を整える。 守りから、前へ。
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