机の上を空にした日|50代が気づいた、空間と思考のつながり
机に向かうのが、なんとなく億劫だった。
原因はわかっていた。
でも長い間、見て見ぬふりをしていた。
机の上が、物置になっていたからだ。
じわじわと、気になり始めた
そもそも、その机は長い間ただ置いてあるだけだった。
40代までは、家での時間は家族のためにあった。
自分のためにPCを開いたり、本を読んだりする時間は、リビングで隙間を見つけてやるものだった。
集中できる自分だけの場所など、必要としていなかった。
だから机は物置になっていた。
買ったけど、その役割がまだなかった。
50代になって、朝5時に起きるようになった。
誰にも邪魔されない、静かな時間。
ブログを書いたり、思考を整理したりする、自分だけの時間だ。
その時間を作るために、机に向かうようになった。
自分が集中できる場所を、必要とする年齢になっていた。
でも机の上が、邪魔になった。
モニターを置くスペースがない。
コーヒーカップを置く場所もない。
何かをしようとするたびに、まずスペースを作るところから始めなければいけなかった。
周りがごちゃごちゃしていると、余白がない感じがして気が散る。
作業に向かう前から、すでに頭の中がざわついている。
じわじわと、気になり始めた。
空にしてみた
ある朝、全部どかした。
雑誌は本棚へ。
充電器は引き出しへ。
瓶は処分。
プロテインは棚へ。
領収書と郵便物はまとめてファイルへ。
Amazonの段ボールはすぐ畳んだ。
机の上に残ったのは、モニターとMacBookだけ。
スッとした。
物がなくなっただけなのに、なぜか気持ちまで軽くなった。
長い間、ここは自分の場所として使う必要がなかった。
それがようやく変わった、という感覚があった。
それだけで、全然違った。
余計なことを考えなくていい
空になった机に向かうと、気づいたことがある。
視界にノイズがない。
余計なものが目に入らないから、余計なことを考えなくていい。
ただ、目の前のことだけに向き合える。
思考がシンプルになる感覚があった。
空間が整うと、頭の中も整う。
それは大げさじゃなくて、本当にそういう感覚だった。
空間と思考は、繋がっていた。
お家カフェが、育っていく
空になった机は、そこから少しずつ変わっていった。
モニターを買い足して、デュアルモニターにした。
作業の効率が一気に上がった。
台を買ってPCを高い位置に据えた。
長時間向かっても疲れにくくなった。
キーボードを買って、打ち込むスピードも上がった。
マグカップを置く場所も決めた。
こぼす心配がなくなった。
物が増えていくんじゃない。装備が強化されていく感覚だ。
自分なりにカスタマイズされていく。
まだスペースには余裕がある。
次の装備が何になるか、考えるのが楽しい。
物置だった机が、自分のための場所になっていった。
書斎は、秘密基地だった
昔、ドラマで50代の男性が書斎を持っているシーンをよく見た。
本棚と机がある、自分だけの部屋。
正直、「そんなもの必要あるかな」と思っていた。
狭い空間で本を読んだって、リビングと同じじゃないかと。
でも今はわかる。
あれは贅沢じゃなかった。
自分だけの空間と時間を必要とする年代になったということだったんだと思う。
必要なものや価値観は、年齢とともに変わる。
どんな空間がどんな形で必要になるかも、年代に応じて変わっていく。
今の俺にとって、あの机がそれだ。
秘密基地。
アジト。
そしてその机の上には、PCがある。
画面の中に、無限の世界が広がっている。
今日も、ここから始まる
完璧な机じゃなくていい。
必要ないものがない。
余計なことを考えなくていい。
シンプルに、目の前のことに集中できる。
空間を整えることは、思考を整えることだった。
キーボード、台、モニター。
出張先にもそれを持っていく。
コーヒーもある。
お家カフェは、場所を選ばない。
机の上には、必要なものだけがある。
その場所があることが、毎朝の背中を押してくれている。
ここから始まる一日が、好きだ。
