思考を整える

教わるスタンスに変えたら、厄介な仕事がなくなった|50代トレーナーが見つけた、還元するという役割

バマ

トレーニングの現場には、感覚で話す選手がいる。

こうしたい、こういう感じが欲しい、この動きがしっくりこない。
数値でも用語でもなく、自分の中にある感覚の言葉で要求を伝えてくる。

経験の浅い部下にとっては、これが難しい。

正直に言えば、部下たちにとっては面倒な相手になりやすい。

昔は、自分の物差しに当てはめようとしていた

だが自分も、最初からうまく対応できていたわけではない。

若い頃は、選手の感覚を理解しようとして、自分の持っている物差しに当てはめて考えていた。
この感覚はこういうことだろう、だからこう対応すればいい、と自分の枠の中で処理していた。

だから噛み合う時と、まったく噛み合わない時があった。

当時はそれを、相手の伝え方の問題だと思っていた節がある
伝わるように話してくれれば、こちらも応えられるのに、と。
今から考えれば、自分の側の問題だった。
物差しを当てる前に、聞くべきことがあった。

教えるより、教わるところから始める

今は、順番が逆になった。

まず、相手が何をどう感じているのかを知る。
理解しようとするのではなく、そのまま聞き出す。
当てはめるのは、その後だ。

長く見てきた分、このタイプはどういうことを求めているのか、ある程度の当たりはつけられる。
だが、その当たりを最初に持ち出さない。
聞いてから使う。

教えるより、教わるところから始める。

順番を変えただけで、以前より噛み合うようになった。
それでも読み違えることはあるが、少なくとも自分の枠に押し込もうとはしなくなった。

鍛えるための種目が、感覚をつかむ材料になっていた

聞くようになってから、こちらが教わることの方が増えた。

たとえば、殿部を鍛えるための種目がある。
目的は明確で、狙っている部位もはっきりしている。
ある選手がその種目をやったあとで、下半身の使い方の感覚が出てきた、と言ってきたことがあった。

こちらが設定した目的とは違うところに、その選手は価値を見つけていた。
鍛えるための種目が、動作の感覚を掴むための材料にもなる。
そういう捉え方があるのかと、素直に勉強になった。

そして、その発想自体が、感覚を頼りにいろいろ試している選手だからこそ出てくるものなのだと思う。

知らないことを知れるのが、楽しい

自分が現役でやっていた頃の水準とは、比べものにならない場所で戦っている人たちだ。
その人たちが、どういう視点で自分の体を良くしようとしているのか。
どんなマインドで、どんな感覚を頼りにしているのか。

それを直接聞ける機会は、そう多くない。

聞くたびに、自分の思考の幅が少し広がる。
知らなかったことを知れる。
今はそこに楽しさを感じている自分がいる。

部下にとっては面倒な相手が、自分にとっては選手の一人でしかない。
同じ場面に立っていても、受け取っているものが違う。
ストレスの差は、たぶんそこから来ている。

生み出して、また誰かに返す

以前は、コーチングとは自分の持っているものを生かして教えることだと思っていた
それが仕事だと思っていた。

今は少し違う。

教えてもらいながら、それを自分の経験と混ぜて新しいものを作る。
そしてまた、別の選手に返していく。

四半世紀やってきて、スタンスが変わったのだと思う。
持っているものを配り続ける仕事から、受け取ったものを混ぜて回す仕事に変わった

部下については、それぞれのやり方がある。
何に気づくか、いつ気づくかも人それぞれだ。
だから今は、楽しく仕事をしてくれればいいと思っている。
自分にそう思えるようになったのは、教わる側にも立つようになってからだ。

受け取って、変換して、渡す。
その循環の中に、まだ自分の場所がある。

受け取るものが人それぞれ違うということを、いちいち自分の物差しで測り直してしまうこと自体、50代になって、考えすぎて疲れることが増えたのと、同じ根っこにある気がする。

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ABOUT ME
バマ
バマ
50代の再チャレンジャー
アスレティックトレーナー/トレーニングコーチ。 プロとアマチュア、両方の現場で四半世紀以上、選手と向き合ってきた。 50代になって気づいた。自分を一番蔑ろにしていたのは、自分自身だった。 体を整え、思考を整え、暮らしを整え、そして自分を整える。 守りから、前へ。
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