信念を曲げなかった|50代が温存してきた、本当の仕事の流儀
賢い選択だとわかっていた。
でも、スッキリしなかった。
自分の中でベストなものを提供できていなかった。
自分の力を最大限に発揮できていなかった。
ある意味、自分にリミットをかけていた。
変に言い訳している部分が自分の中にあって、それを「大人の対応」と呼んでいた。
状況を読んで、今は動く時じゃないと判断する。
それは経験があるからこそできることだ。
20代・30代なら消極的と見られるかもしれない。
でも50代には、時代が来るまで温存するという戦略がある。
隠れキリシタンのような気分、と言うと語弊があるかもしれないが、そんな感覚だった。
表には出さない。
でも信念だけは、ずっと持ち続けていた。
それでもやっていけたのは、いつか流れが来ることを信じていたからだ。物事は長く続くわけではない。
トレンドもそうだが、思考の流れはいつも流動的だ。
今がそうでなくても、いつか変わる。
その確信が、温存する力になっていた。
足し算にはなるけど、掛け算にならない
曲げなかった信念は、一つだけだ。
「やらせる」ではなく、「引き出す」。
こちらが教え込んで動かせば、確かに結果は出る。
でもそれは足し算だ。
こちらの知っている範囲でしか、相手は伸びない。
こちらの想像を超えた結果は、生まれてこない。
相手が自分で考え、自分で動いた時に初めて掛け算が生まれる。
こちらが知っている範囲でしか伸びない。
それが自分の揺るがない確信だった。
その信念には、根拠があった
実際に、それを証明してくれた瞬間がある。
ある時、相手にちょっとしたことを伝えた。
大げさなアドバイスではない。
聞かれたことに答えて、「やってみたら」と言った程度だ。
たくさんのことを伝えても、的を得ていなければただの量だ。
少なくても的を得ていれば、質が高くなる。
どの要素が掛け算になったのか、正直わからない。
自分が見えていない要素も含めて、相手がうまく咀嚼して、自分で当てはめて、自分で動いた。
その結果だったと思う。
結局、相手のことは相手が一番よく知っている。
体の話も同じだ。
やりたいと思ってやるトレーニングと、やらされるトレーニングでは、筋肉のつき方が違う気がする。
いつも持っているお守りが重く感じるか、軽く感じるか。
楽しいと思えるか、苦痛に思えるか。
心の持ちようで、体への入り方が全然変わってくる。
自分でやると決めた時に初めて、体に本当に染み込んでいく。
自分で変換して、自分で動く。
心が入った分だけ、結果が変わる。
それが、引き出すことにこだわってきた理由だ。
だからこそ、信念を曲げることができなかった
やりたくなる環境を作ることも、仕事のうちだと思っている。
でも、それが理解されない環境があった。
自分の意見を伝えるには工程がいる。
上に通して、さらにその上が承諾して、ようやく動ける。
その間に現場は流れていく。
だからといって信念を曲げると、自信を持って伝えられなくなる。
自分が信じていないことを、温度感を持って伝えることはできないからだ。
もどかしかった。
それでも、信念だけは手放さなかった。
だから、やり方だけは変えなかった。
やらせるのではなく、相手が何をしたいのかを引き出す。
自分で意思決定させる。
そこに自己責任という覚悟が生まれる。
言い訳できない。
でも、結果も自分のものになる。
それがモチベーションの本質だと思っている。
信念を持ち続けた人間は、次に動ける
好機が来ないまま定年を迎えることもあるかもしれない。
信念を持ち続けた時間は、無駄にならない。
でも、信念を持ち続けたことによって、次にやりたいことが見つかると思っている。
自分で判断することが難しい世代に、環境を整えて、自分で判断する練習をさせていきたい。
わざと苦労させる。
すんなりいかない、人間的な葛藤に向き合わせる。
気づきを与えて、自分というものを持たせる。
葛藤や失敗、遠回りすること——それは非効率に見えるかもしれない。
でも、その非効率な部分こそが人間味だと思っている。
うまくいかないことに味がある。
AIが溢れるこれからの時代だからこそ、その人間味が価値を持つ。
自分で決めたことは、言い訳できない。
でも、結果も自分のものになる。
その積み重ねが、自分という存在をしっかり持てる人間を育てていく。
結局は自分の人生だ。
自分という価値観をしっかり持って、楽しく、有意義に、幸福に過ごしてほしい。
人間味を濃くする。
それが、これからの時代に必要なことだと思っている。
自分が信じられること以外、自信を持って伝えられない。
自分の経験したことしか、温度感を持って伝えられない。
真実以外は、本当の意味では伝わらない。
そこに本当の想いが載ってこなければ、言葉は届かない。
信念を曲げなかったから、次に進める。
それだけは、確かだと思っている。
