50代 自分がわからない理由|25年以上現場に立ってきたトレーナーが見つけた、自分の整え方の順番
25年、人の体を見る仕事をしてきた。
選手の状態なら、顔を見ればだいたいわかる。
でも50代になって、気づいた。
一番わかっていなかったのは、自分のことだった。
自分が、一番の他人だった
鏡を見るたびに、疲れた顔があった。
いつの間にか、腕を組む癖がついていた。
笑顔が減っていた。
自分では、気づいていなかった。
自分のことは、わかっているつもりだった。
でも実際は、体の変化も、心の消耗も、顔つきの変化も、全部後回しにしていた。
健康診断の数字が悪くなっても、「そのうち戻るだろう」と流していた。
選手の数字なら、絶対に見逃さないのに。
他人のことは見えるのに、自分のことは見えない。
自分が、一番の他人になっていた。
鏡の中に、待っていたやつがいた
ある日、鏡の前で立ち止まった。
そこにいたのは、疲れた50代のおっさんじゃなかった。
本来の自分が、鏡の中で、ずっと待っていた。
ずっと、自分を蔑ろにしてきた。
気にしていなかった。
見て見ぬふりをしてきた。
うまくいかなければ、俺ならこんなもんだと当たり前に思う。
うまくいっても、そのくらいできて当たり前だろうと、ハードルを上げる。
心のどこかにあった劣等感が、そうさせていたのかもしれない。
でも、考えてみてほしい。
友人がそんな扱いを受けていたら、黙っていないはずだ。
自分は、一番大切にすべき大親友だった。
そう思えた日から、自分との付き合い方が変わった。
揺れない自分を、作り直した
とはいえ、簡単じゃなかった。
長い間、感情の波に振り回されていた。
仕事の結果ひとつで、上がって、下がって、消耗する。
変わったのは、自分という受け皿を作り始めてからだ。
仕事の評価と、人間としての価値を切り離す。
うまくいかない日があっても、それは仕事の話であって、自分という人間の価値まで、決まるわけじゃない。
自分がコントロールできる範疇を、超えていることもある。
だったら、他のことでうまくいけばいい。
コントロールできる自分自身に、フォーカスを向けるようになった。
すると、結果に揺れなくなった。
手軽な息抜きに、逃げるのもやめた。
朝、体を動かして得るものに変えたら、満足感の質が変わった。
積み上がる満足は、裏切らない。
書いたら、自分が見え始めた
自分を整える上で、一番効いたのは、書くことだった。
朝5時に起きて、コーヒーを淹れて、MacBookを開く。
その静かな時間に、自分のことを言葉にしていく。
ブログを書いたら、50代が見え始めた。
頭の中にあるうちは、もやもやしていたものが、言葉にすると輪郭を持つ。
書けば書くほど、自分という人間の地図ができていった。
53歳で、AIに弱みを見せてみたこともある。
誰にも言えなかったことを打ち明けたら、驚くほど楽になった。
頼ったら負けだと思っていたけど、違った。
頼ることも、頼られることも、設計できる。
一人で抱えることは、強さじゃなかった。
人との距離を、選び直した
自分の輪郭が見えてくると、人との距離も変わった。
人付き合いを減らした。
薄く広く付き合うのをやめて、大切な繋がりに時間を使う。
家族で食事に行く理由が変わったのも、この頃だ。
自分がいない場所で、家族の時間は流れている。
その「知らなかった」に気づける場所が、食卓だった。
そして、一番近くにいる人。
妻に健康でいてほしいと、心から思うようになった。
自分を整えるのは、自分のためだけじゃなかった。
5年後の自分へ
自分の整え方に、正解はない。
でも、順番はある。
まず、自分と向き合う。
次に、受け皿を作る。
そして、書いて、頼って、繋がりを選び直す。
その先に、目的地を置いた。
5年後、ドイツの古城で妻にありがとうと言う。
そのために、今日も自分を整えている。
50代は、自分と仲直りするのに、ちょうどいい歳だ。
まだ、間に合う。
