悪魔のシロツメグサと、10年戦っている|50代の草むしり戦略
我が家の庭に、手強い敵がいる。
シロツメグサだ。
侵略の始まり
きっかけは、近所の公園だった。
土埃が近隣の迷惑になるという苦情を受けて、公園にクローバーの種を撒いたという話が聞こえてきた。
その頃から、嫌な予感がしていた。
案の定だった。
風に乗って奴らが我が庭にお出まし。
幸せの象徴と言われるクローバーが、まさか我が家の侵略者になるとは思っていなかった。
あれから10年以上が経つ。
奴らは不死身だ
この10年、あらゆる手を尽くした。
芝生は枯らさない除草剤を撒いた。
一時的に勢力は抑えられたが、根絶はできなかった。
労力と費用だけが嵩んだ。
根っこまでほじくって根絶を試みたこともある。
しかし翌年にはまた顔を出してきた。
芝を密集させて居場所を奪う作戦も聞いたことがあるが、そもそもそこまで芝を整える暇がない。
奴らは不死身だ。
しかも毎年、新たな雑草が加勢してくる。
抜きづらい奴、軍手にくっついてくる奴、あの手この手でこちらの体力と気力を奪ってくる。
自然も、生き残るために必死だ。
日中の外での戦いは、我々が不利になってきた
50代になって、状況が変わった。
体力の低下もある。
だがそれ以上に、ここ最近の気温上昇が痛い。
日中の炎天下での草むしりは、熱中症のリスクと隣り合わせだ。
シロツメグサだけでなく、気温とも戦わなければいけない。
一気にやり切る、という戦い方はもう通用しない。
短期決戦と、撤退ラインを決める
今日は朝から、あらかじめ30分の短期決戦と決めて臨んだ。
どこから攻めるか。
どこで撤退するか。
戦略を練りながら草をむしる。
優先順位を決めて、時間を決めて、撤退ラインを決める。
どこから手をつけるか、どこで切り上げるか。
気づけば仕事と同じ思考をしている。
草むしりは、頭を使う作業だ。
昔は一気にやり切ることが正義だった。
今は余白を残して、今日はここまで、次回はあそこ、という分割作戦に切り替えた。
それが50代の、しなやかな戦い方だと思っている。
良い戦いができた
結局今日は40分、撤退を余儀なくされた。
でも家の周りがボウボウから、少しだけ綺麗になった。
一仕事終えた達成感がある。
これで妻にも貢献できたかな、と思えた。
人との付き合いに疲れた時、自然と対峙するとリフレッシュされる。
シロツメグサは今年も何度でも顔を出してくる。
出ては抜いて、抜いてはまた出てくる。
終わりのないイタチごっこだ。
奴らも必死に生きているのだから、しょうがない。
こちらも体力の続く限り、直接手を下し続けるつもりだ。
自分の家ぐらい、自分で綺麗にしたい。
それが50代の、男の意地というやつだ。
トレーニングをして、その勢いで草むしりをして、シャワーを浴びて、昨晩のカレーを昼に食べた。
程よい疲労感と達成感が体に残っている。
今年一番、密度の濃い休日の使い方になった。
