自分を整える

恐怖は、準備で消える|50代が始めた、生きる意味の整理

バマ

休日、リビングでふと浮かんだ問い

その日は自分だけの休日だった。
仕事から解放されて、リビングでくつろいでいたはずなのに、ふと頭をよぎったのは、まったく穏やかではない問いだった。

もしこの家に、自分一人になったら。
誰のために生きていくんだろう。

深刻に悩んでいたわけではない。
ただ、何の脈絡もなく、その問いだけが浮かんできた。

自分の存在意義を、誰かとの関係で確かめてきた

考えてみると、自分の生き方は、どちらかというと「誰かのために」が軸になっていた。
家族のためにお金を稼ぐ。
そのために仕事をする。
家では家族の手伝いをする。
仕事の満足度も、突き詰めれば誰かに貢献できた実感から来ている気がする。

自分の存在意義を、誰かとの関係の中で確かめてきた。
そのことに、あらためて気づいた。

最近は家族・仕事・自分という3軸で生活を設計できるようになってきたつもりでいる。
でも正直、自分軸の割合はまだまだ小さい。
基本は家族が中心で、その次に仕事が来る。

妻という、心の拠り所

娘が2人いるが、いずれ自分の家族を持てば、優先順位の1位はそちらに移っていくはずだ。
それは当然のことだし、そうであってほしいと思う。
娘たちが自分の人生を生きていくのを、ちゃんと見送れる自分でいたい。

そうなると、自分にとっての心の拠り所は、結局のところ妻という存在に集約されていく。
もし妻が自分より先にいなくなったら——考えたくはないが、その時、自分の優先順位の1位が、静かになくなる。

一人で生きている人たちは、何を軸に生きているんだろう。
そんなことまで考えてしまった。

恐怖の正体は、準備不足だった

ただ、そのことをぼんやり考えているうちに、少し違う角度が見えてきた。

友達だって、自分のために生きているわけじゃない。
それぞれに、それぞれの優先順位がある。
その現実の中で、自分はどう人と付き合い、自分の心の平穏を保ち、生きる意味を見出していくか。
それは、誰にとっても他人事ではない課題のはずだ。

そして、もう一つ気づいたことがある。
恐怖というのは、結局、対処法や準備ができていないことが突然起きる、あるいは起きるかもしれないと思うから生まれる感情だ。
それを恐怖のままにせず、予測と準備の段階に持っていければ、問題は解決に向かうし、その先も見えてくる。

だとしたら、時間のあるうちに考えを整理しておくこと自体が、もう次の準備段階に入っているということになる。

一人だからこそ、広げられる貢献

すでに生きる軸をいくつも持っている人は、たとえ家族という軸を失っても、他の軸にシフトすればいいだけかもしれない。
でも一人だからこそ、できることもある気がする。

たとえば、人に貢献するという行為は、知らない誰かに対してもできる。
被災地でのボランティア活動のような形も、その一つだろう。
それが「誰かのために自分の人生を使う」ことだとしたら、そこにも十分、生きる意味は生まれる。

自分がずっと大事にしてきたのは、「誰かに貢献すること」そのものだった。変わるとしたら、対象の範囲だけなのかもしれない。

50代のうちに、整理しておく

50代の今、こういうことを深く思い悩んでいるわけではない。
ただ、こういう思考は、時間のあるうちに整理しておいた方がいい気がしている。

ここで見つけたものを50代のうちに準備できていれば、霧に包まれた60代、70代が、少しクリアになっていくかもしれない。

答えはまだ出ていない。
でも、恐怖として抱えていたものを、準備すべき課題として整理できただけでも、今日は十分な収穫だった気がする。

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ABOUT ME
バマ
バマ
50代の再チャレンジャー
アスレティックトレーナー/トレーニングコーチ。 プロとアマチュア、両方の現場で四半世紀以上、選手と向き合ってきた。 50代になって気づいた。自分を一番蔑ろにしていたのは、自分自身だった。 体を整え、思考を整え、暮らしを整え、そして自分を整える。 守りから、前へ。
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