体を整える

体は、放っておいても大丈夫なものだと思っていた|50代が同僚の腰痛から気づいた、コストを払わないと失っていくという事実

バマ

今日、姿が見えないと思ったら

今日、仕事が終わる頃になって、そういえばと気づいた。
一個下の同僚だ。
同じ部署ではないが、朝の時間には毎日のように顔を合わせている。
今日はその姿がなかった。
思い返してみても、一度も会っていない。
気になって、その部下に聞いてみたところ、腰痛がひどくて休んでいるという。
もともと昨年、腰椎ヘルニアの手術を受けている。
完治していたわけではなかったのだと、そこで初めて知った。

他人事じゃない、と思った瞬間

一個下、という年齢が効いている。
同世代でも先輩でもなく、自分より若い相手だ。
そんな未来がいつ来るかわからないのは、自分も同じだということに気づかされた。
手術を受けて、それでもまた再発するように痛みが出る。
体というのは、一度治療したからといって、それで完了ではないのだと思い知らされる出来事だった。
年齢を重ねるほど、体は一度きりの修理では済まなくなっていく。

やりたいことより、いつも出来ていたことが出来なくなる方が怖い

やりたいことを百個見つける、という話をよく聞く。
それはそれで大事だと思う。
新しく何かを始めることには、確かにエネルギーがある。
だが50代になって実感しているのは、逆の方だ。
今まで当たり前に出来ていたことが、出来なくなっていく。
それも、失っていくということだ。
増やす話ばかりが語られるが、減らないようにする話の方が、この年代には切実になる。
誰かに褒められるわけでもないのに、それでも保ち続けようとするのが、この年代の地味な努力なのだと思う。

肩の神経痛が、静かに教えてくれていたこと

自分にも、思い当たる感覚がある。
肩の神経痛が、まだ残っている。
トレーニングの日にエクササイズを入れたり、こまめにストレッチをしたりと、色々なアプローチはしている。
少しずつ良くなっている感覚はあるが、完治はしていない。

厄介なのは夜だ。
体の力を抜こうとすると、じわじわと痛みが出てくる。
寝ようとリラックスするほど痛みが顔を出すので、痛くない姿勢を探しながら寝る羽目になる。
眠ろうとする行為そのものが、痛みを呼び込む引き金になっている。
その影響か、夜中に目が覚める頻度も上がった気がする。
今、一番の問題は痛みそのものより、睡眠を妨げられていることだ。

心配しなくていいところを、心配しなきゃいけない年齢

若い頃は、体のことをいちいち心配する必要がなかった。
夜更かしをして睡眠時間が短くなっても、気持ちの面でしんどいことはあっても、体そのものがどうにかなるわけではなかった。
多少無理をしても、体は勝手に元通りになっていた。
それが今は違う。
睡眠のサイクルや時間が短いと、疲れが溜まりやすく、体そのものがしんどいと感じるようになった。
心配しなくていいはずのところまで、気にかけなければならない。
同僚の件で、それを改めて再認識した。
健康は前提ではなく、維持するために設計するものになった。
何もしなければ現状維持ではなく、少しずつ後退していく。
それが50代という年齢の現実だと思う。

食事・睡眠・マインドの余白——少しずつ変えてきていること

だから、生活の設計を変え始めている。
体重や体脂肪といった体の中身を意識した食事、しっかりとるリカバリーとしての睡眠、ストレスを溜めないためのマインドの整理、そして余白を持ってリフレッシュすること。
中でも軸に置いているのは睡眠だ。
ここさえ整えば、他は後からついてくる感覚がある。

だからこそ、肩の痛みが厄介だ。
日中の生活では、肩の痛みが動きや仕事の妨げになることはほとんどない。
厄介なのは夜、眠ろうとするその瞬間だけだ。
生活の軸に据えているところを、ピンポイントで邪魔してくる。
早く治したいと思うのは、この一点に尽きる。

肩の神経痛は、まだ治っていない。
だが、少しずつ良くなっている。
同僚のように、ある日突然できなくなる前に、できることを続けられるための土台を、今のうちに作っておきたい。

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ABOUT ME
バマ
バマ
50代の再チャレンジャー
アスレティックトレーナー/トレーニングコーチ。 プロとアマチュア、両方の現場で四半世紀以上、選手と向き合ってきた。 50代になって気づいた。自分を一番蔑ろにしていたのは、自分自身だった。 体を整え、思考を整え、暮らしを整え、そして自分を整える。 守りから、前へ。
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