体を整える

寒さを感じにくくなったわけじゃなかった|50代が気づいた、我慢と快適さの物差し

バマ

シャツとパーカー一枚で、外に出た

去年の冬、上着を着ずに出かけることが何度かあった。
シャツの上にパーカーを一枚。
それだけで外に出た。

理由は単純で、面倒だったからだ。
ダウンは嵩張るし、車に乗れば脱ぐことになる。
持ち歩くのも億劫だ。
そのくらいの寒さなら、まあ我慢できる。
そう判断していた。

妻には言われた。
寒いのにその格好で大丈夫なのか、と。

それでも、そのまま出かけた。
少しの痩せ我慢だという自覚はあった。
むしろ、この程度は平気なのだという妙な納得もあった。

寒いのではなく、「我慢できる寒さ」だと思っている

ここが引っかかる。

寒さを感じていないわけではない。
外に出れば冷たいし、風が吹けば体は縮こまる。
感じてはいる。

ただ、その先の判断が違う。
寒いから何か着ようではなく、この程度なら我慢できる、という結論に着地している。

感覚と判断は別物だ。
感じたうえで、我慢する方を選んでいる。
しかもその選択に、少しだけ誇らしさが混じっている。
自分はまだこの程度で音を上げない、という感覚だ。

昔は、我慢しても体が壊れなかった

二十代や三十代の頃も、似たようなことはしていたと思う。
薄着で出かけて、寒さに震えて、それで終わりだった。

違うのは、その後だ。
あの頃は我慢しても体調を崩さなかった。
耐久力が今よりはるかに高かったから、無理が無理として通用していた。

今は違う。
暑ければ熱中症のリスクがあるし、寒ければ風邪をひく。
同じことをしても、返ってくるものが変わった。

我慢の基準だけが昔のまま残っていて、それを受け止める体の方が変わっている。
このズレに、自分で気づけていなかった。

この程度でエアコンなのか、快適に過ごすためのエアコンなのか

同じことを、別の場所でも見た。

先日、両親の家に行った時のことだ。
室内はかなり暑かった。
それでも窓を開けているだけで、エアコンはついていなかった。
風が入るから涼しい、この程度でエアコンを使うほどではない、という感覚らしい。

自分にとっては、迷わずエアコンをつける環境だった。
快適に過ごせる方がずっといい。

そこで気づいた。
暑いかどうかの感じ方の差ではない。
判断の起点そのものが違う。

親の側にあるのは、この環境をどこまで耐えられるかという物差しだ。
自分の側にあるのは、この環境をどう快適にするかという物差し。
環境を耐えるのか、環境を快適に過ごすのか。

寒さも同じ構造をしている。
服を重ねて寒さを耐えるのか、暖房を入れて寒さを感じずに過ごすのか。

昔の勿体ない精神、あるいは省エネの感覚。
それ自体は正しいのだと思う。
ただ、そこで節約されているのはお金と資源だけだ。
同時に削られているのは、自分の体と、我慢している間の心地よさの方だった。

そして自分も、寒さに関しては完全に親と同じ側に立っていた。
耐えられることを強さとする感覚は、たぶん受け継がれている。

ダウンを着れば済む話だった

冷静に考えれば、答えは簡単だ。
ダウンを一枚着ておけば、寒さを気にせず外で過ごせる。
エアコンのスイッチを入れれば、それで終わる。
電気代も、たいした額ではない。

道具に頼ればいいだけの話を、意地で回避していた。

それで体調を崩せば、医療費も、失う時間も、痩せ我慢で得たものの何倍にもなる。
自分の場合、もうその計算は合わなくなっている。

強さの証明にはならないし、誰も評価してくれない。
ただ体だけが代償を払う。

壊れていたのは、センサーではなかった

そう考えると、妻の「寒くないの」という言葉の意味が変わってくる。

あれは口うるさく言われているのではなく、古い物差しで判断している自分を、外から止めてくれているのだと思う。
寒さは感じている。
ただ、その先の判断が昔のままになっている。
自分では気づけない部分だから、外から言われないと止まらない。

自分の感覚には、まだそれなりに従っていい。
ただ、そこから先の判断は疑った方がいい。
壊れているのはセンサーではなく、その値をどう扱うかの基準の方だった。

こんなふうに考えるようになったのは、自分のことを考える時間が増えたからだと思う。
何を優先すべきかが変わって、判断の基準も一緒に動いた。
耐えることより、整えることの方が、今の自分には合っている。

寒いなら寒いと言って、暖房を入れればいい。
それが言えるようになるまでに、まだ少し時間がかかりそうだけれど。


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50代の再チャレンジャー
アスレティックトレーナー/トレーニングコーチ。 プロとアマチュア、両方の現場で四半世紀以上、選手と向き合ってきた。 50代になって気づいた。自分を一番蔑ろにしていたのは、自分自身だった。 体を整え、思考を整え、暮らしを整え、そして自分を整える。 守りから、前へ。
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