思考を整える

潮時かもしれない、という問い|50代が向き合う、現場から管理へという構図

バマ

頼まれる回数の延長にあった、大きな問い

頼まれる回数が減った、という話を先日書いた。
あの延長で、ふと浮かんだ問いがある。
そろそろ、この立場も潮時なのかもしれない。
年齢とともに現場から管理に回るのが、社会の構図なんじゃないか。
そんな問いだ。

共通言語が、データに変わった

きっかけの一つは、テクノロジーの変化だ。
数値やデバイスを扱う機会が増えて、選手との共通言語の前提が上がった。
ミーティングの場でも、感覚的な話より先に、データの画面が開かれることが増えた。
若い選手たちにとっては、それが当たり前だ。
感覚で説明する自分より、数字で説明できる人間の方に、自然と人がついていく。

自分のやり方が、メインじゃなくなってきている。
豚骨醤油ベースのスープに対して、お好みで足す辛味のような立ち位置。
それがしっくりくる。
ベースはもうデータで組まれていて、自分の経験や勘は、そこに味を足すだけの存在になってきた。
若い選手にはついていけない部分もあるし、アナログな人間からすると、全部を数値で解決することに、まだどこか抵抗がある。
それでも、そういう時代なのだから仕方ない部分もあると分かっている。

上司を見ていて、余計に浮かぶ言葉

今の上司を見ていて、余計に「潮時」という言葉が浮かぶ。
現場にちょこちょこ口を出してくるのに、いざとなれば責任は部下に持たせる。
会議では部下の意見を吸い上げるだけで、自分では決めない。
それでいて、その決定は自分のものとして会社に報告される。
決定にだけ関わって、責任には関わらない。
辻褄が合わない。
それでも、それが上司という立場の特権なんだろう。
上のことを最優先にする姿勢は、自分には向いていない気がする。
現場が好きだから。
管理する側に回って、現場を蔑ろにするようになったら、自分ではいられない気がする。

知りすぎていることの、皮肉

ただ、考えてみると、皮肉な事実に気づく。
あの上司も、元は現場上がりだ。
現場を深く理解しているはずなのに、いや、理解しているからこそ、先入観で判断が歪んでしまっているように見える。
この選手はこういうタイプだからと決めつけて、変に手心を加える。
それを間近で見ていると、むしろ現場を知らない方が、情に流されず、事務的に、公平に管理できるんじゃないかと思えてくる。
自分が現場に強くこだわっているその姿勢自体が、管理職には向いていない証拠なのかもしれない。

得るものと、失うもの

管理職になったら、得るものと失うものを、天秤にかけてみる。

得るものは、サラリー、権力、地位。分かりやすい実利だ。

失うものは、もっと複雑だ。
まず、自分自身。ゴマをすり、機嫌を取り、他人に依存する場面が増える。
給料が大きく上がるわけでもない。
好きでもないことを、しなければならない場面も増える。
何より、現場での人間的な関わりが少なくなる。
選手と直接向き合い、汗をかいて一緒に結果を出す、その時間を失うことになる。
今、こうして頼まれごとが減った程度で疎外感を覚えているのに、完全に現場を離れたら、自分はどうなってしまうんだろうとも思う。

こうして並べてみると、失うものの方が、自分にとっては重い気がする。

指を咥えているわけじゃない

ただ、さっきの喩えで言えば、指を咥えて待っているわけじゃない。
テクノロジーやデータを理解した上で、自分の経験を踏まえた新しい試みも模索している。
スパイシー豚骨醤油の開発を続けて、もう一度メインのラインナップに名を連ねる努力もしている。
同時に、辛味の良さがどれくらいのものか、啓蒙する動きもしている。
まだ味わったことのない人に、ちょっと味見をさせて反応を見たり、どの場面で辛味が生きるのか伝えたり。
現場が好きだからこそ、そこで生きる道を、模索し続けているんだと思う。

それでも、頼まれる回数はこれからも減っていくだろうし、共通言語はますますデータへと寄っていく。
自分の役割が、いつかメインからオプションに完全に切り替わる日が来るのかもしれない。

答えは、まだ出ていない。
潮時かどうかも、分からない。
それでも、好きな場所で生き延びるためにもがき続けることには、それ自体に人間味がある気がする。
これは50代だから訪れる衰えの話じゃなくて、50代だからこそ与えられた試練であり、人間力を磨くための機会なのかもしれない。
この問いが浮かんだこと自体が、その入り口の合図なのかもしれないと、今は思っている。

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

ABOUT ME
バマ
バマ
50代の再チャレンジャー
アスレティックトレーナー/トレーニングコーチ。 プロとアマチュア、両方の現場で四半世紀以上、選手と向き合ってきた。 50代になって気づいた。自分を一番蔑ろにしていたのは、自分自身だった。 体を整え、思考を整え、暮らしを整え、そして自分を整える。 守りから、前へ。
Recommend
こちらの記事もどうぞ
記事URLをコピーしました