真似できないエネルギー|50代が朝食会場で気づいた、羨望と受容のあいだ
朝7時から、あんなにハイテンションになれる理由が、俺にはまだわからない。
朝7時、静かなはずの朝食会場が、賑わいすぎていた
朝食は7時開場のはずだった。
7時20分に着いたら、もう満員。
10分ほど待たされた。
理由はすぐにわかった。
30人ほどの団体客が、揃いのような格好で、席を確保していた。
大阪のおばちゃんたち——見た感じ30代から50代くらい。
グループごとに固まって、朝食を囲んでいた。
あのテンション、どこから湧いてくるのか分からなかった
朝7時から、とにかく喋り倒していた。
静かなはずのホテルの朝食会場が、一気にうるさい場所に変わった。
落ち着いて食べられない。
満席で、ゆったり感もない。
厚化粧の匂いも強くて、食べているものの味に少し混じる。
正直、居心地はよくなかった。
それでも、朝からあのエネルギーを出せることに、素直に圧倒された。
なんであんなハイテンションに、朝から入れるのか。
自分には理解できないくらいだった。
体力は戻ってきているのに、あの「喋るエネルギー」だけは出てこない
最近、睡眠を計画的に取るようにしている。
トレーニングとランニングも続けていて、体力は前より回復してきている実感がある。
それでも、今朝のあの圧倒的な高エネルギーを見せられると、体力は戻ってきているのに、あの「喋るエネルギー」だけは、今の自分からは出てこない。
喋るという行為は、それなりにエネルギーを使う。
おばちゃんたちにとっては、それが勝手に湧いて、どんどん放出されている。
会話が、そのままストレス発散になっているのだろう。
一方で自分にとって、会話はストレス発散の材料にはならない。
むしろストレスになる方だ。
学生時代は、話すこと自体がストレス発散だった
留学前、1年間、英語の専門学校に通っていた。
誰かとすれ違うたびに、こちらから話しかけて立ち止まる。
今思えば、ちょっとした八方美人タイプだった。
とにかく誰かを見つけては、「おはよう」と声をかけに行く。
それが苦じゃなかった。
人に好かれたかったのかもしれない。
広く浅く、友達は多かった。
話すこと自体が、そのまま発散になっていた。
それが変わったのは、渡米してからだ。
日本語で気軽に話しかける相手が、ほとんどいなくなった。
勉強に集中するようになって、会話の頻度も自然と下がっていった。
英語は、話す前に、頭の中でまず文章を組み立てる必要があった。
会話をするというより、文章を作成する、という思考に近づいていった。
英語が大の苦手だった分、アメリカ人の「どういうこと?」という顔つきを見るたびに、ちゃんと喋らなきゃという気持ちが強くなって、喋ること自体を躊躇うようになっていった。
言葉は、ちゃんと伝えなければいけない——そのマインドが、いつの間にか土台になっていた。
「言葉の重要性」に気づいてから、発散先が変わった
プロのトレーナーとして働くようになってから、その傾向にもう一段、重みが加わった。
会話は仕事のツールになった。
言葉一つで選手の受け取り方が変わる。
気をつけて話すようになった。
その分、ただ話すことは、いつの間にか発散ではなくなっていた。
今は、飲んで愚痴を言ったり、将来の目標や仕事の話をしたりすることが、発散になっている。
目的のない会話で、勝手にエネルギーが放出されていく。
今の自分には、簡単に真似できることではない。
それでも、言葉の重要性という縛りさえ緩めば、あの頃のフランクさは、案外まだ自分の中に残っているのかもしれない。

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[…] 脳のリソースを、それなりに使っているんだろうとは思う。ただ、それほど苦ではない。今朝の大阪のおばちゃんたちの会話エネルギーが、考えずに自動的に湧いて出てくるのと同じように、こっちも気づけば勝手にそうしている感覚に近い。 […]