自分を整える

変な頑固さが出てきた|50代が気づいた、意地と正義感のあいだ

バマ

変な頑固さが顔を出すようになった。
50代に入ってから、自分でもそれがわかる。

仕事の合間に、口論になった

ある日、仕事の合間に部下の一人が話しかけてきた。

別の部下の話だった。
「あいつ、大した仕事もしていないのに、時間が来るとすぐ帰るんですよね。休みも同じように取って、なんかずるくないですか」という話から始まった。

そこから話が広がった。
給料が安いと嘆く人の話を例に出して——「給料が安いなら転職すればいい。
その仕事を選んだのは自分なんだから、文句を言う筋合いはない。
経験値を積む気持ちで働けば、給料が安くても苦にならない」という話になった。

転職が当たり前の世代だからこそ出てくる、すっきりした論理だ。
でも自分には賛同できなかった。

「状況は変化する。
最初は納得して選んだ仕事でも、求められるものが増えれば、それに見合う報酬がなければ不満が出るのは当然だろう。
一概にその人が悪いわけじゃない」

そう言い返した。
気づいたら、口論になっていた。
彼も引かなかった。
自分も引かなかった。

後から気づいた。勝ってどうした

その日の夜、ふと思い返した。

あの口論、自分は勝ったのか。
勝って、何が残った。

彼が「そうですね、おっしゃる通りです」と言ったとして、それで何かが変わるわけでもない。
逆に、あの場で自分が「なるほど、それも一理あるな」と言って彼が気分よく終われたなら、その方がよかった。

口論に勝つより、相手に勝たせてやった方が、自分にとってプラスになることの方が多い。

気づいたのは、口論が終わってからだった。

妻との会話でも、同じことが起きている

妻にも言われる。

気がついたら、自分が一方的に話していた。
妻の表情が曇っていくのがわかる。
でも止まれない。
そのまま言いくるめるような方向へ、どんどん進んでしまう。

最後は、自分の言いたいことを言い切った満足感で終わる。
妻は納得していない。
むしろ不機嫌になっている。

「そんなこと聞きたかったんじゃない。ただ話したかっただけ」

そう言われて、ようやく気づく。
話を「解決」しようとしていた。
正しいことを言って、勝って終わらせようとしていた。

妻が求めていたのはそれじゃなかった。
ただ聞いてほしかっただけだった。

父親たちの変化を、他人事じゃなくなって見ている

妻の父を見ていても、自分の父を思い返しても、歳を取るにつれて怒りっぽくなった印象がある。

許容できないことが増えた。
自分の正義で相手を正そうとする。
声が荒くなる。
若い頃は「なんであんなに頑固なんだろう」と不思議だった。

「嫌だな」と思いながら見ていたあの感覚が、今、静かに自分に向かってきている気がする。

同じ方向に、気づいたら進んでいた。

小さな勝ちより、人間として大きくなりたい

あの口論を振り返ると、自分がこだわっていたのは本当に小さなことだった。

相手を言い負かしても、何も変わらない。
誰も得しない。
残るのは少しの気まずさだけだ。

しかも後日、その部下が自分の仕事環境に文句を言っているのを耳にした。
その瞬間、「やっぱり自分が正しかった」と少し満足している自分がいた。

だが、それもまた小さかった。

そもそも、その部下がそういう考え方をする人間だとわかっていて話をしていた。
そういう展開になるのは最初からわかっていたはずだ。
それでも熱くなって、後から「正しかった」と満足している。
目糞鼻糞を笑う、そのものだった。

相手がどうかじゃない。
そこで熱くなった自分の振る舞いがどうだったか。
そこがまだまだだった。

50歳を過ぎてもまだ、人間として大きくなれると思っている。
怒りっぽくなった父親たちとは、違う方向に育っていきたい。

人間として大きくなることを、歳を重ねながら続けていきたい。

→ まとめて読むなら|50代の自分の整え方

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ABOUT ME
バマ
バマ
50代の再チャレンジャー
アスレティックトレーナー/トレーニングコーチ。 プロとアマチュア、両方の現場で四半世紀以上、選手と向き合ってきた。 50代になって気づいた。自分を一番蔑ろにしていたのは、自分自身だった。 体を整え、思考を整え、暮らしを整え、そして自分を整える。 守りから、前へ。
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