思考を整える

壁を作っていたのは、自分だった|50代が気づいた、噂と先入観の正体

バマ

情報を知りすぎると、自分の考えがブレる。
それは、人のことでも同じだった。

噂を聞くと、人が悪く見えてくる

誰かがある人の悪口や批判をしているのを聞く。
それだけで、自分の中でその人の印象が変わってしまうことがある。

「実はそうなんじゃないか」と、勝手に想像し始める。

何が真実で、何が嘘なのか。
実際は確かめようがない。
それでも、一度そのフィルターがかかると、その人の行動や仕草までもが、悪く見えてくる。
「自分勝手だな」と思ってしまったりする。

情報を知ったことで、逆に自分の目が曇っていく。
皮肉な話だ。

経験を軸にしようとしても、外野には勝てない

50代になってから、できる限り人の言っていることに引っ張られず、自分が実際に経験したことに対して、どう思うか、どう感じるかを軸にして生活しようとしてきた。

それでも、外野から入ってくる情報のフィルターにはかかる。

聞いた話が頭の片隅に残っていて、実際に会った時に、無意識にその色眼鏡で見てしまう。
軸を持とうとする意志と、勝手に色がつく現実は、別のところで動いている。

そっけない態度の理由が、自分にあった

同じような思い込みは、逆の立場でも起きていた。
今度は、自分が誰かに勝手な判断をされている、と感じた場面だ。

ある選手が、自分に対してだけそっけない態度を見せていた時期があった。

後輩には笑顔で気さくに話している。
でも、自分の前では表情が硬くなる。

「何か気に障ることをしただろうか」と、勝手にいろいろ考えてしまう。
距離を置かれている、避けられている。
そんなふうに受け取っていた。

あるとき、その選手についてアドバイスをする案件があって、声をかけて説明する機会があった。
そこから、向こうから挨拶をしてくるようになった。

後で分かったことだが、向こうも「この人は、どんな感じの人なんだろう」と身構えていたらしい。
50代というだけで、話しかけづらい印象を持たれていたようだった。
実際に話してみて、気さくに相談に乗ってくれる人だと分かって、態度が変わった。

相手がそっけなかったんじゃない。
自分の方が、気づかないうちにバリアを貼っていたのかもしれない。

表情一つで判断されるのは、自分も同じ

表情一つで、相手の機嫌を判断することがある。
「今日は機嫌が悪そうだから、近づかないでおこう」というふうに。

でも、その選手とのやり取りで気づいた。
同じことが、自分にも当てはまる。

顰めっ面をしていれば、ただでさえ近寄りがたい50代が、もっと近寄りがたくなる。
何も言わなければ、勝手にバリアだと受け取られる。

だからこそ、できる限り笑顔で挨拶をして、話しやすい空気を作ろうとしている。
自分から話しかけることも、大切だとはわかっている。
でも、それが苦手なタイプなので、いまだにそこに葛藤がある。

おまけに、年齢のせいなのか、人の名前がすぐに出てこない。
挨拶の時に名前を添えようとしても、咄嗟に出てこない。
それがなんとも歯がゆい。

友達を作りたいけど、一歩が踏み出せない

友達がなかなかできない中学生が、なんとか輪の中に入って学校生活を楽しみたいのに、その一歩が踏み出せない。
そんな感覚に、今でもよく似ている。
50代版の、あの感じだ。

昔ほど気にはならなくなった。
それでも、周りの雰囲気や仕事がうまく回るために、自分がどう振る舞うべきか。
相手のためにどう接するべきか。
その葛藤の裏側には、日々のこの小さなチャレンジがずっと続いている。
うまくいく日もあれば、いかない日もある。

このストレスがなくなったら、なくなったで、人生に張り合いがなくなるのかもしれない。
そう思うと、この歯がゆさも、悪いものだけじゃない気がしている。

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ABOUT ME
バマ
バマ
50代の再チャレンジャー
アスレティックトレーナー/トレーニングコーチ。 プロとアマチュア、両方の現場で四半世紀以上、選手と向き合ってきた。 50代になって気づいた。自分を一番蔑ろにしていたのは、自分自身だった。 体を整え、思考を整え、暮らしを整え、そして自分を整える。 守りから、前へ。
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