軸を増やしたら、メンタルが安定してきた|50代が見つけた、心の支え方
上司と、気分が重くなる時間を過ごした。
無理難題を突きつけられる。
こちらの状況は関係なく、一方的な要求が続く。
「できないならやめてもらっていい」という空気が、言葉の端々から漂ってくる。
帰り道、その重さをそのまま持ち帰っていた。
考えても、状況は変わらない。
それでも、頭は止まらなかった。
軸が1本だった頃、脳が休まらなかった
以前の自分は、仕事が軸だった。
うまくいかないことがあると、解決策を模索した。
あらゆる対応策を考えた。
考えることはただだからと、脳のリソースを使い続けた。
でもそれは、まだ起きていないことへの浪費だった。
心配になる。
最悪の展開を想像する。
そこからさらに深みにはまっていく。
他のことで気を紛らわせようとしても、頭の片隅に残っている。
完全には切り替えられなかった。
軸が1本の中での気分転換は、結局その軸の中でしかなかった。
軸を複数持つと、逃げ場ではなく切り替え先ができた
結婚してからは、家族が軸になった。
仕事・家族、2本になったことで、少し楽になった部分はあった。
でも完全ではなかった。
50代になって気づいたのは、「自分」という軸が抜けていたことだ。
通訳のプロジェクトで、怖かったけれど飛び込んだ。
「俺、まだできるじゃん」という感覚が戻ってきた瞬間、仕事でも家族でもない、自分自身の軸が復活した。
自分軸とは、誰かのためでも、仕事のためでもない。
トレーニングをする、ブログを書く、朝の時間を自分のために使う。
そういう「自分のための行動」が軸になっている。
今は仕事・家族・自分、3つの軸で生きている。
悪いことを、いい行為で上書きする
軸が増えてから、気分転換の質が変わった。
仕事でうまくいかなかった日、ジムに行く。
トレーニングをして、汗をかいて、満足感を得る。
嫌な時間を過ごしたのは事実だ。
でも、価値ある時間で上書きされていく感覚がある。
家族と外食に行って、笑いながら食事をする。
その時間が積み重なって、思い出になっていく。
悪いことをいい行為で打ち消すのではなく、上書きしていくイメージだ。
仕事が全てではないというマインドになると、スイッチの切り替えがはっきりしてくる。
対価という発想が、マインドを変えた
あの上司と仕事をしている。
それは変わらない事実だ。
でも今はこう思える。
その対価として給料をもらっている。
その給料で、家族と外食に行ける。
楽しい時間が作れる。
思い出が生まれる。
嫌な時間が、家族との幸福に繋がっている。
そう思えると、感謝とまではいかなくても、割り切れる。
自己満足できた今日はいい日だ。
家族が楽しければそれでいい。
そう思えるようになってから、仕事の嫌なことに引きずられる時間が、明らかに減った。
軸が増えると、人生の重心が安定する
1本の軸で立つのは、バランスが難しい。
その軸が揺れると、全部が揺れる。
でも3本になると、1本が揺れても他の2本が支えてくれる。
メンタルが安定したのは、強くなったからじゃない。
支えが増えたからだ。
今日も上司と気分が重くなる時間を過ごすかもしれない。
でもその後、トレーニングで上書きできる自分がいる。
それだけで、だいぶ違う。

[…] 軸が1本しかないと、そこが揺れた時に逃げ場がない。全体が揺れる。結果として、ずっと不安定な状態が続く。それ自体が慢性的な疲れになっていた。 […]
[…] 今は仕事・家族・自分、この3軸で時間を設計している。 […]
[…] 仕事・家庭・自分——3つの軸を意識するようになってから、少しずつ変わってきた。 […]
[…] 組織の中で動く時、意見を通すには工程がいる。上に伝えて、さらにその上が承諾して、ようやく動ける。その工程が面倒になると、許可が取りやすいものだけをやるようになる。いつの間にか、自分も「指示待ち」の構造の中にいた。 […]
[…] 50代になって、3軸という考え方に変わった。 […]
[…] そう思えるようになったのは、50代になって3軸という考え方に気づいて、時間をかける先を自分自身にも向け始めてからだ。ブログで自分の思考を整理してきたことで、自分というものが少しずつ見えてきた。なんだかんだで自分の都合で物事を考えて、設計していることを自然としていた。それが、自分という受け皿を作ってきたのかもしれない。 […]