自分を整える

感情の波に振り回されていた|50代が気づいた、心の安定の作り方

バマ

仕事がうまくいった日は、気分がいい。
貢献できている実感があって、やりがいも感じる。

でも結果が出ない日は違う。
居場所がないとまでは言わないけれど、自分の価値が下がっているような、1日が重苦しいような感覚が続く。

50代になるまで、それをずっと繰り返していた。

結果が出ない日の、昔の過ごし方

うまくいかない日は、同僚と飲みに行って愚痴を言った。
仕事の話をしながら、ストレスを発散していた。

食事もそうだった。
「頑張っているんだから、自分にご褒美をあげなきゃ」と、デザートを食べたり、好きなものを食べたりして、食事をストレス発散の手段にしていた

帰宅してからは、ゲームやアニメをダラダラと見ることもあった。
現実逃避とまでは言わないけれど、時間を浪費していた感覚がある。

その場はスッキリする。
でも翌朝、また同じ重さで1日が始まる。
根本は何も変わっていなかった。

他人の評価に依存していた

なぜ感情がそこまで揺れていたのか。
今ならわかる。

仕事の結果だけじゃなく、他人の評価を自分の価値の基準にしていたからだ。

「よくやった」「助かりました」「おかげで助かった」。
そういう言葉で、自分が貢献できたかどうかを判断していた。

評価されれば気分が上がる。
評価されなければ沈む。

自分の中では「ゴマスリみたいで違う」と否定していた。
でも実態は、他人の評価軸に乗っかっていた。

他人が基準だと、判断軸は常にぼんやりしている。
自分が満足したかどうかより、どう見られたかが先に来る。
それでは感情が安定するはずがなかった。

コントロールできるものとできないもの

50代になって、考え方が変わった。

今は違う。
自分が思い描いていた仕事ができて、結果がついてきた時に「よくやった」と思う。
数学の計算問題を解いた時のような、自分の中でスッキリ完結する感覚だ。
他人の言葉を待たなくていい。

そもそも仕事の結果というのは、自分だけがキーになっているわけじゃない。
案件に関わる人たち全員が影響を与えている。

気温上昇の原因が、自分が車を運転しているからではなく、地球全体の問題であるように。

自分の力だけでコントロールできるものじゃない。
そこに感情を乗せ続けることに、無理があった。

自分がコントロールできるのは、マインドと行動だけだ。
時間の使い方、食事、日々の積み重ね。
結果がどうなるかは大枠として受け取る。
自分のやるべきことをやって、あとは手放す。

完全に割り切れているわけじゃない。
でも「そうしている」という意識が、少しずつ感情の振り幅を小さくしてきた。

3つの軸が、メンタルの受け皿になった

もう一つ、変わったことがある。

仕事だけを人生の軸にしなくなった。

自分自身・家族・仕事。
この3つを軸として持つようになって、仕事の結果が「全て」ではなくなった。

自分自身の軸には、体を整えることブログがある。
家族の軸には、妻と子供たちとの時間がある。
仕事はその3つのうちの一つだ。

一つが揺れても、残りが支えてくれる。
依存する先が分散されると、一つの結果に感情を大きく引っ張られにくくなる。

仕事の結果や他人の評価に自分の価値を乗せていた頃とは、重心が違う。

スッキリしない朝の過ごし方

それでも、気持ちが重い朝はある。

そういう時、今のわたしはブログを書く。
言葉にして外へ出すと、頭の中にあったモヤが少し晴れる。

トレーニングをすることもある。
筋肉に刺激を入れると、思考より体に意識が向く。
スッキリしない思考が、上書きされていく感覚がある。

時間を価値ある使い方に充てること。
それ自体が、気持ちの切り替えになっている。

感情の波はゼロにはならない。でも、受け皿を持てば、溺れなくなる。

完全に安定しているわけじゃない。
それでも50代の今、波との付き合い方が少しずつわかってきた気がする。

感情との向き合い方を深めたい方は、自分の人生を、自分で選び直すも読んでみてほしい。

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

ABOUT ME
バマ
バマ
50代の再チャレンジャー
アスレティックトレーナー/トレーニングコーチ。 プロとアマチュア、両方の現場で25年以上、選手と向き合ってきた。 50代になって気づいた。自分を一番蔑ろにしていたのは、自分自身だった。 体を整え、思考を整え、暮らしを整え、そして自分を整える。 守りから、前へ。
Recommend
こちらの記事もどうぞ
記事URLをコピーしました