自分の実力以上を出そうとしない|50代が見つけた、自分のペースを守るという仕事の仕方
データを分析して、問題点を掘り起こそうとしたことがある。
でも、どうもしっくりこなかった。
数字の上では特に異常が見当たらないのに、現場の感覚とはどこか噛み合わない。
そんな違和感が残った。
数字は正常、でもパフォーマンスは落ちている
数字はあまり得意じゃない。
それでも、今取っているデータから分析すれば、何か見えるはずだと思った。
丁寧に数字を追って、問題点を探そうとした。
それでも、数字だけでは拾いきれないものがある。
得意でないやり方を無理に使うと、どこかで説得力を失う。
今までは、自分が見たこと、感じたことに素直に向き合ってきた。
違和感があるところにフォーカスして、そこを修正していく。
そのやり方の方が、自分らしいし、言葉にも曖昧さがない。
曖昧さのない言葉には、説得力が宿る。
自信のなさは、伝わってしまう
理解し切れていないことを使うと、その空気感は相手に伝わる。
「本当に大丈夫なのかな」と思わせてしまう。
自分の言葉で語れることの方が、結局は届く。
専門用語を並べるより、自分が実際に見た違和感を、そのまま伝える方が、相手の顔つきが変わる瞬間がある。
ホームランバッターじゃないのに、ホームランを狙うより、ヒットを打った方がいい。
それが、その人の役割だし、求められていることだ。
無理に大きな成果を狙うより、自分が確実に打てる球を打つ。
それだけで十分なことは多い。
得意なやり方で言った方が、結局は伝わる。
今風の説明や、テクノロジーを使った方法論、数字上の説明。
それを自分に置き換えると、どこか知ったかぶりっぽくなる。
古いままの表現方法が、逆に目新しく映ることもある。
昭和の名曲を今風にアレンジするより、そのまま出す方が、別の価値を生むことがあるように。
自分のやり方を今風にしすぎると、他との差別化が図れなくなる。
自分の特徴を、自分で消してしまうことになりかねない。
今から大きな上積みは期待できない。
だからこそ、いつもの自分の力を、いつも通り出せることの方が、この年代には大切なのだと思う。
地味だけど効いている仕事
いつもの力を、いつも通り出す。
それを続けてきた先に、今の自分がある。
続けられている理由を考えると、他の人が気づかないことに気づいて、それを埋めていくところに尽きる気がする。
目に見える大きな変化を作るわけではない。
それでも、なぜかうまくいっている。
そう感じることの方が強い。
四半世紀近くこの仕事を続けてきて、実感として残っているのはそこだ。
派手な成果より、こういう手応えの方が、長く続けるための支えになる。
上半身、下半身、体幹。
それぞれの強さを単独で見るのではなく、連動がうまくいくようにアプローチする。
数字には表れにくい、感覚のすり合わせだ。
地味だけど、効いている仕事。
それが自分の役割なのだと思う。
トレンドのテクノロジーや数字は、得意な人に任せればいい。
自分はそれを理解できる程度でいい。
無理に全部を背負わなくていい。
全部を自分で抱え込もうとするほど、逆に足元の仕事が疎かになる。
今まで積み重ねてきたことを、しっかりやっていく。
それが、自分のペースを守るということなのだと思う。
無理に手を広げようとするのも、結局は自分を見失っている証拠なのかもしれない。50代になって、自分がわからないことに気づいたのも、同じ根っこにある気がする。
