便利をちょっと不便にしたら、カロリーが変わった|50代トレーナーが気づいた、日常消費の盲点
出張先への移動中、階段を使いながらふと考えていた。
毎日、電車やバスと徒歩で通勤している人たちは、それだけでどれだけカロリーを消費しているんだろう、と。
出張先の階段で気づいたこと
移動の合間に階段を選ぶようにしている。
エスカレーターより時間はかかるが、それくらいしか日常で体を動かす機会がない、と最近気づいた。
電車とバスと徒歩で1時間かけて通勤している人は、それだけで毎日かなりの歩数を稼いでいる。
荷物を持って、乗り換えをして、駅の階段を上り下りする。
意識していなくても、体は動いている。
翻って自分はどうか。
車で職場まで行き、指導の現場でちょっと動く程度だ。
移動中にそんなことを考えながら、少し複雑な気持ちになった。
トレーナーなのに、日常は動いていない
運動を教える仕事をしている。
体のことは人に説明できる。
でも、日常生活で体を動かしている時間は、思っていたより少ない。
車通勤だから、通勤での消費はほぼゼロだ。
指導中に動くことはあっても、それは断続的なもので、長時間続くわけではない。
意識して運動する時間を作らなければ、体はほとんど動かない一日になる。
運動を教えている人間が、日常の消費カロリーは一般の人より少ないかもしれない。
そう気づいた時、少し可笑しくなった。
知識があることと、実際に動いていることは、全く別の話だ。
日常に溶け込んだ運動と、意図的な運動
毎日の通勤で体を動かしている人は、意識しなくてもカロリーが消費されていく。
それは効率がいい。
ただ、その反面、見えないところで疲労も蓄積する。
電車とバスと徒歩で1時間、毎日往復していれば、それはそれで体への負荷になる。
帰宅した時の疲れ方は、車通勤とは全然違うはずだ。
運動量だけ見れば羨ましい。
でも、疲労まで込みで考えると、単純にいいとは言えない。
それでも、自分の場合は意図的に機会を作らないと、消費できる場面がそもそもない。
特別なことをしなければ、体はほぼ動かない一日になる。
そこが問題だと思った。
便利をちょっと不便にする
そこで考えたのが、日常の中に小さな不便を作ることだ。
駐車場を少し遠めに停めて歩く。
エスカレーターではなく階段を選ぶ。
家の掃除をもう少し手伝う。
近所への買い物は車を使わずに歩いていく。
どれも大した運動ではない。
でも、こういった選択が積み重なれば、消費カロリーは変わってくる。
運動として構えるのではなく、便利な選択肢をあえて不便な方に変える。
それだけで、日常の中にカロリーを消費できる瞬間が増えていく。
厄介なことが、動かしてくれる
もう一つ、気づいたことがある。
ペットを飼えば、散歩に行かなければならない。
子供の送り迎えがあれば、それだけで体を動かす機会が生まれる。
家族の用事に付き合うことも、そうだ。
ポケモンGOが流行った時、ポケモンを捕まえるために街を歩き回る人が増えた。
目的はポケモンだが、結果として運動になっていた。
誰かのために動く、何かのために動く。
自分の意思とは関係なく、強制的に体が動く瞬間がある。
面倒くさいと思う時もある。
でも、そのおかげでカロリーを消費できている。
厄介だけど、ありがたい。
そういうことなのかもしれない。
特別なことじゃなくていい
ジムに行く。
ランニングをする。
そういう運動は大事だ。
でも、それだけが体を動かす方法ではない。
日常の中で、ちょっとだけ不便を選ぶ。
誰かのために動く。
何かを目的に歩く。
気づいたら体が動いていた、くらいでちょうどいい。
体を整えることは、特別な時間を作ることだけじゃない。
日常の小さな選択を変えることが、50代には一番続けやすい運動なのかもしれない。
→ まとめて読むなら|50代の体の整え方
