食事との向き合い方が変わった|50代が手に入れた、食べることの本質
食事を変えたのは、ダイエットのためじゃなかった。
自分を好きになるための、一つの選択だった。
→ 今の自分を受け入れて大親友として歩いていく(自分#11)
損得勘定の物差しを変えた
きっかけはシンプルだった。
お腹周りの脂肪をなくしたい。
自分を好きになる一環として、まずそこから始めた。
最初にやったのは、脂肪をできるだけ摂らないこと。
鶏肉の皮は取る。
ラーメンやインスタントは食べない。
脂肪分の多い食事を意識して避けるようにした。
そこで気づいたことがあった。
ラーメンって、本当に食べたいわけじゃなかった。
ご褒美という概念が先にあって、それに合わせて食べていただけだった。
飲酒も同じだ。
カロリーが高い、ストレス発散になるわけでもない。
別に飲まなくてもいい人間だと気づいたら、特に苦にならなかった。
「本当に必要か」という物差しに変えただけで、食の選択が自然と変わっていった。
ご褒美という概念がなくなった
ご褒美スイーツも、気づいたらいらなくなっていた。
家族が喜ぶと思って買って帰っていたけれど、家族もダイエット方向にシフトしてきて、わざわざ買わなくていい流れになった。
すると自分も、食べなくていいことに気づいた。
そもそも、スイーツを食べる行為がご褒美というより、頑張ったことへのイベントに過ぎなかった。
ご褒美感覚がなくなった今、特に必要じゃない。
たまに食べたくなったら少し食べれば、それで十分だ。
外食も、たまに行くから美味しい。
焼肉、イタリアン、お寿司——行く前から調べて、旅行の計画みたいにお店を開拓するようになった。
「次はここに行ってみよう」と考える時間も、もう楽しみの一部だ。
今まで行かなかったジャンルのお店に足を運ぶこともある。
それがまた新鮮な体験になる。
ただ、アジアン系のお店に行ったら、妻や娘たちには大好評だったけど、自分だけ「次は抜きでいいかな」という感じだった。
これも思い出の一つだ。笑
お金に余裕があるからといって、頻繁に行くことがいいとは思えなくなってきた。
健康にプラスかマイナスか。
脂肪を減らす助けになるか。
本当に食べたいか、それともその気持ちをお預けにしてもう少し熟成させた方が美味しくいただけるか。
食への損得勘定の物差しが変わったことで、こだわり方そのものが変わってきた。
体と感覚が、変わってきた
お腹周りは、自分の理想に近づいてきた。
胃もたれも減った。
それだけじゃない。
ご飯の違いや、野菜の新鮮さを感じられるようになってきた。
以前は「食べる満足感」を求めていた。
今は「食事としての満足感」を見出せるようになってきた。
腹八分目で食事を終える。
しっかり時間を空けて、空腹の状態でエネルギーチャージする。
そうすると、食事が体に染み渡る感覚がある。
実は以前、夜遅くに食べてすぐ寝ることが続いていた。
その影響か、健康診断で軽い逆流性食道炎の診断を受けた。
それ以来、食べてから少なくとも1時間は空けてから寝るようにしている。
就寝の2時間前には食事を終える。
食べたものがだいたい2時間前後で消化されると聞いたから、それを目安にしている。
寝る時間と食事の時間をセットでスケジュールするようになった。
トレーニングも同じだ。
筋量を増やしたいのに、食事量が足りなくて痩せていては元も子もない。
結局、全てはバランスだ。
1つだけ強くてもダメで、思考だけ整えても他が崩れればトータルでマイナスになる。
50代は、そのバランスを整えるタイミングなのかもしれない。
完璧じゃなくていい。それが余白だ
夜遅くに食べることもある。
食べ過ぎることもある。
でも、それでいいと思っている。
完璧を目指すと、それ自体がストレスになる。
余白があるから、続けられる。
たまに食べるから美味しい。
たまに崩れるから、また整えたくなる。
食事との向き合い方が変わったのは、厳しいルールを作ったからじゃない。
「本当に必要か」という問いを、自分に持てるようになったからだ。
今日のブランチも、海鮮丼とアサリの味噌汁、ヨーグルトにトマトジュース。
ざんぎは1個だけにした。
それで十分だった。

