自分を整える

年上だから、は通用しなかった|50代が海外のトレーニング現場で気づいた、立場への勘違い

バマ

海外のトレーニング現場にいると、自分が50代だということを忘れる時がある。
それは、年齢を意識しなくていい空気が、そこにあるからだ。

海外の現場では、年齢が関係なかった

トレーニングのポイントを質問すると、友達のように教えてくれる。
敬語もなければ、構えた感じもない。
人と人として、話してくれる。

記録が出た。
メニューをしっかりこなせた。
そんな時は、グータッチをして、一緒にはしゃぐ。
日本なら、はしゃぐような場面ではないかもしれない。
でも、海外はリアクションが大きい。

そうやって盛り上げることも、大事なのだと思えた。

その場にいるアスリートやトレーニング指導者と、同じ仲間のような感じになる。
自分が50代とは思えないくらい、年齢の壁がなかった。

年下の選手や指導者に対しても、自分から挨拶をして、グータッチをする。
50代だからする行動ではない。
ただ、そうしたいからそうしている。
それだけの感覚だった。

50代としてではなく、人として、こうする。

フランクに接してくれるから、こちらもフランクになれる

向こうがフランクに接してくれる分、こちらもフランクに対応できる。
知らない人でも、すれ違えば挨拶をする文化もある。

気を遣わなくていい。
それだけで、動きがずいぶん軽くなる。

これは、文化の違いだと思う。
ただ、文化だからと流してしまうには、いい部分が大きすぎる。

日本では、年上というだけで構えられていた

日本では、年上というだけで、相手が気を遣う。
特に若い選手は、気を遣って近寄りがたくなる。
こちらから話しかけても、少し構えてしまう感じがある。

トレーニングのポイントを、年下の人から教わる時もそうだ。
自分のほうがキャリアも年齢も上だと、どこかで思っている。
相手も、気を遣って敬語で説明してくれる。
そうすると、なんとなくギクシャクする。

気づけば、自分が相手に要求していた

日本にいると、相手に要求してしまう場面がある。

部下が、自分のペースで質問してくる。
すぐに仕事に取りかからず、おしゃべりをしている。
それを見て、ちゃんとやることをやってくれよ、と思ったことがあった。

タイミングを見ろよ。
質問の仕方があるだろう。
ちゃんとやれよ。
そう思う時、自分は、年上だから気を遣われて当然だと、どこかで考えていた。
年上だから、という前提は、相手の側だけでなく、自分の側にもあった。

ただ、強く言うと、相手は身構えてしまう。
だから、言葉にするより、自分が行動して伝えるようにしている。

気を遣われるかどうかは、年齢ではなく評価だった

日本では、年上というだけで、相手が気を遣ってくれることがある。
ただ、それは、人として気を遣うべき相手だと評価されているのとは、別の話だ。

そこを、勘違いしていた。

気を遣われるのは、年上だからではない。
人として評価されているかどうかだ。

ギクシャクの原因は、相手だけではなかった。
自分の気の持ちようでもあった。
そういう良くない部分も含めて、気づけること。
それが、海外という環境のいいところだと思う。

環境が変わると、凝り固まっていたものが柔らかくなる

海外にいると、徐々に、年齢を考えない思考になってくる。
グータッチをする。
気軽に挨拶をする。
凝り固まっていたものが、柔軟になっていく。

それでも、年齢という前提がない文化に浸ると、気づくことがある。
年齢を気にしていないつもりで、実は気にしている自分がいる。

そこから、自分の価値観が、また新しく広がっていく。
それに気づけるのも、50代だからなのかもしれない。

日本に帰っても、グータッチをする。
気兼ねなく挨拶をする。
フランクに話しかける。
こちらが年齢を考えずに行動する感じは、続けていきたい。

→ まとめて読むなら|50代の自分の整え方

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ABOUT ME
バマ
バマ
50代の再チャレンジャー
アスレティックトレーナー/トレーニングコーチ。 プロとアマチュア、両方の現場で四半世紀以上、選手と向き合ってきた。 50代になって気づいた。自分を一番蔑ろにしていたのは、自分自身だった。 体を整え、思考を整え、暮らしを整え、そして自分を整える。 守りから、前へ。
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