聞いていいのか、迷って話せなかった|50代が気づいた、経験が邪魔をする会話の癖
人と話すのが、少し億劫になる時がある。
話しかけるのが嫌なのではなく、何を話せばいいのか、考えすぎてしまうからだ。
当たり障りのない話題を、探しすぎていた
あまりプライベートのことを聞くと、言いたくないこともあるだろう。
何なら当たり障りがないのか。
これを言ったら、どう思われるのか。
そう考えているうちに、話すこと自体が億劫になっていく。
特に、選手との年の差が離れてくると、それが強くなる。
どんな話題に興味があるのか。
どんな話なら面白いと思ってもらえるのか。
考えるほど、余計に話しづらくなっていた。
家族の話を聞いて、聞かなければよかったかと思った
何気なく、選手の家族の話を聞いたことがある。
その選手は、特に気にする様子もなく、答えてくれた。
おそらく、これまでにも何度も聞かれてきたことなのだろう。
ただ、返ってきた話は、想像よりも重いものだった。
子を持つ親の立場で考えると、いろいろな思いをしてきたのだろうと感じる。
聞かないほうがよかったかな、と思った。
相手は気にしていなかった。
気にしていたのは、自分のほうだった。
2人でいると、相手が話を広げてくれた
最近、同じ選手と、2人で過ごす機会が増えた。
2人でいると、何か話そうと思う。
そうして、少しずつプライベートの話をするようになった。
相手がどんどん話してくれる内容もあれば、あまり広がらない内容もある。
話の広がり方は、相手の話の中身によって変わる。
そして、広げたい話は、相手のほうから振ってくる。
話題を広げる責任は、こちらにはなかった。
最初のきっかけさえあれば、あとは相手が広げたい方向に付いていけばいい。
必ずしも、こちらが作り続ける必要はなかった。
他の2人の会話で、自分の物差しが古いと気づいた
別の場面で、他の2人が話しているのを見た。
そこまで聞いていいのか、と思うようなことを、平気で聞いている。
聞かれた側も、気にする様子もなく答えていた。
自分の感覚では、かなり失礼なことだと思った。
でも、聞かれた側は、気にしていなかった。
今は、そういう時代なのだと感じた。
経験が、予想の邪魔をすることがある
あの場面で気づいたのは、自分が失礼だと思っていた基準が、いつの間にか古くなっていたということだ。
年齢を重ねると、経験が増える。
経験があるから、こうだろうと予想を立てられる。
ただ、それが過信になることもある。
今の若い世代の考え方は、一昔前とは違う。
人への考え方も、経験してアップデートしていかないと、今まで正しかったことが、間違いになっている可能性もある。
経験は、予想の精度を上げてくれるものだと思っていた。
でも、前提が古いままだと、経験がかえって邪魔をする。
失敗してみないと、わからないことがある
興味があるかどうか。言いたいかどうか。
それを決めるのは、相手だ。
こちらが予想して、考えること自体は、あってもいい。
ただ、考えすぎるのは、良くなかった。
自分が相手をどう感じるかと、本人がどう思っているかは、別のものだ。
失敗してみないと、わからないこともある。
失敗を恐れないことが、ここにきて大事なのだと思えるようになってきた。
うまくできているわけでは、まだない。
経験は、更新し続けて初めて、予想の味方になる。
思考の整え方の順番は、50代 考えすぎて疲れる理由(思考#37・ハブ記事)にまとめている。
