G-2YWFZQWQLR 時間に追われていた朝が変わった|50代が手に入れた、余白のある朝のルーティン|50代からの人生再設計

時間に追われていた朝が変わった|50代が手に入れた、余白のある朝のルーティン

bamadice

今朝、コーヒーを淹れてMacBookを開いた。

ボサノバをかける。
窓の外は晴れていた。
筋肉痛が心地よく残っている。

「今日もいい朝だな」と思いながら、キーボードを叩き始めた。

40代の自分なら、こんな朝はなかった。


時間に追われていた40代の朝

40代の頃、朝の時間の使い方はこうだった。

起床は出発の1時間前。
夜遅くなった翌朝は、目覚ましが鳴ってもすぐに起きられない。
スヌーズを押して、15分後にもう一度起きる。

2度寝、3度寝の感覚があると、なんとなく「寝た感じ」がする。
でもその分、朝のスタートが遅れる。

着替えて、顔を洗って、朝食をかき込んで、家を出る。

それだけで1時間が終わる。

何か予定外のことが起きると、即アウトだった。

子どもの忘れ物。
急な連絡。
ちょっとした体調不良。

少しでも想定外が入ると、朝から気持ちが乱れた。

余裕がないから、小さなことにも反応してしまう。

今振り返ると、あの頃の朝は「こなすだけの朝」だった。

夜の過ごし方が翌朝を決める。
それに気づいていなかった。


今の朝の設計

今の朝のルーティンはシンプルだ。

起床→着替え→トイレ・洗顔・髭剃り→コーヒーを淹れてMacBookを開く→自分時間→朝食→出発。

身支度に約30分。
朝食に約15分。

それ以外は全部、自分の時間だ。

起きる時間によって、自分時間の長さが変わる。

1時間半以上確保できる日はブログを書く。
それ以下の日は読書や調べ物、気になることを深掘りする。
トレーニングに行く日は朝食を前倒しして、そのまま出発することもある。

決まったメニューより、その日の時間に合わせて使い方を変える。

完璧にやろうとしない。
その日の時間でできることをやる。
それが無理なく続いている理由だと思っている。


思考エネルギーも「設計」する

朝の時間を確保するために、もう一つ変えたことがある。

「考えなくていいことを増やす」ことだ。

一つは服選び。

今は同じデザインの色違いを何着か持っている。
朝、何を着るか迷わない。
それだけで判断する手間が一つ消える。

以前、ビル・ゲイツが同じ服を複数持って、服選びに思考エネルギーを使わないようにしているという話を聞いたことがあった。
当時は「そこまでするか」と思っていた。
でも50代になって、自分もそうなっていた。

オシャレへの興味が薄れたというより、「どこに時間と思考エネルギーを使うか」を自然に選ぶようになった。

清潔感があってちゃんとしていればいい。
それで十分だ。

もう一つは朝食。

妻は朝、子どもたちの食事や弁当の準備で忙しい。
だから朝食は自分で用意する。

トーストとコーヒーか、納豆ご飯とコーヒーか。

冷蔵庫に何があるか、妻がどんなパンを焼いてくれているか。
それによって変わるけど、大まかな選択肢は決まっている。
迷わない。
ぱぱっと食べる。

食に強いこだわりを持たなくなったのは、食をストレス発散の手段にしなくなったからかもしれない。

40代の頃は、食事や飲み会でストレスを発散しようとしていた。
今は違う。
たまに食べたいものを食べる。
その方が満足感が高い。

朝の余白は、時間だけで作るものじゃない。
「考えなくていいこと」を増やすことでも作れる。


「おうちカフェ」という朝の儀式

コーヒーは元からの習慣だった。

ボサノバは、いつの間にか加わっていた。

静かな朝にちょっとしたテンポが加わる。
それだけで、なんとなく「贅沢な時間」に感じる。

おうちカフェみたいな感覚、と言えばいいのかもしれない。

意識してそうしようと決めたわけじゃない。
気づいたら、毎朝そうなっていた。

ルーティンって、たぶんそういうものだと思う。

「続けよう」と力まなくても、自然に続いていくもの。
好きだから、心地いいから、気づいたら習慣になっているもの。


朝の戦いは、前日の夜に決まる

余裕のある朝を作るために、もう一つ大事なことがある。

前日の夜に準備しておくことだ。

子どもたちを見ていると、よく分かる。

朝からパニックになっている時は、大体前日の夜に準備ができていない。
忘れ物をするのは、朝に時間の余裕がないからだけじゃない。
余裕があっても忘れる時はある。
でも時間に追われる朝は、その確率を確実に上げる。

だから夜、就寝前に翌日の準備を済ませておく。

明日必要なものを確認する。
やらなければいけないことを整理する。
それだけで朝の「考えること」が一つ減る。

朝の余白は、朝だけで作るものじゃない。

前日の夜から、もう始まっているのだ。


崩れた日の「ミニマムライン」

どんなに設計しても、崩れる日はある。

夜遅くなって睡眠時間が削られた翌朝。
朝の自分時間も短くなる。

そういう日のために、「ミニマムライン」を持っている。

身支度の30分だけは確保する。
それだけは外さない。

朝食は車の中で食べる。
場合によっては車の中で髭を剃る。
そのくらい割り切れれば、最低限の余白を持って朝をスタートできる。

完璧にやろうとしなくていい。

崩れた日に「今日はダメだった」と思う必要もない。

ミニマムラインさえ守れれば、朝は成立する。

続けられるルーティンとは、完璧なルーティンじゃない。
崩れた日でも最低限動ける仕組みのことだ。


余白が生む、心の余裕

今の朝は、何かあっても対応できる。

子どもの急な用事。
忘れ物。
予想外の連絡。

時間に余裕があるから、慌てない。

それだけで、朝の心持ちが全然違う。

40代の頃は「こなすだけの朝」だった。
今は「自分のための朝」になっている。

同じ24時間でも、朝の使い方が変わると、一日の質が変わる。

早起きが目的じゃない。
余白を作ることが目的だ。

その余白が、心の余裕になる。

今朝も、コーヒーとボサノバとMacBookで始まった。

晴れた朝の光が、窓から差し込んでいた。

筋肉痛が心地よく残っている。

それで十分だと思った。

ABOUT ME
バマ
バマ
50代の再チャレンジャー
アスレティックトレーナー/トレーニングコーチ。 プロとアマチュア、両方の現場で25年以上、選手と向き合ってきた。 50代になって気づいた。自分を一番蔑ろにしていたのは、自分自身だった。 体を整え、思考を整え、暮らしを整え、そして自分を整える。 守りから、前へ。
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