思考を整える

満足の尺度が、幸福の尺度に変わった|50代が手放した、最大値を追う生き方

バマ

休みの日のスケジュールを、パズルのように組んでいた時期があった。

カレー粉が20円安いスーパーに寄って、その近くの銀行に行って、百均でファイルを買って、
5円安いガソリンスタンドに入れて、ついでに散髪も済ませる。
それを午前中に全部終わらせて、午後はゆっくりする。

スケジュールの精度が上がるほど、達成感があった。
効率よく時間を使えた、という感覚が好きだった。

でも今思えば、午後にダラダラするくらいなら、全部ゆっくりやってもよかった。
別に急ぐ必要はなかった。
それでも効率よくこなすことに、喜びを見出していた。

パズルのピースがはまる瞬間が、快感だった。
でも本当にそのピースが必要だったかは、考えていなかった。

時間だけじゃなかった。
お金も同じだった。

元を取る、という満足

バイキングで腹いっぱい食べる。
元を取る以上のことがどれだけできるか。
それが満足の基準だった。

ディズニーランドも同じだ。
アトラクションの経路を綿密に計画して、1日でいくつ乗れるかを追った。
並ぶ時間まで計算して、効率を極めた。

でも帰り道、「楽しかった」より「たくさん乗れた」が先に来ていた。

服もそうだった。
アウトレットでサイズが微妙でも、安くて得した感覚があれば満足だった。
本当に着たいものかどうかは、また別の話だった。

コスパと満足が、いつの間にか同じものになっていた。

質より量の考え方で、満足度が優先されていた。
コスパと満足が、いつの間にか同じものになっていた。
最大値を取ることが、満足することだと思い込んでいた。

軸が変わった

50代になって、ブログを始めた頃から、何かが変わり始めた。

ブログを書くことで、自分が何を大切にしているかを言葉にする機会が増えた。
時間の使い方を考えるようになった。
幸福度を基準に動くようになった。
自分が本当に欲しいものを問うようになった。

そうしたら、パズルをはめることへの喜びが薄れていった。
カレー粉の20円より、ブログを書く30分の方が価値があると感じるようになった。
バイキングで元を取ることより、本当に食べたいものを選ぶ方が満足できると気づいた。

損得勘定の外側に、もっと大事なものがあると気づいた。
価値観が整理された、というより、設計された感じだった。

満足の尺度が、幸福の尺度に変わった

最大値を追うのをやめた、というより、追う必要がなくなった。

満足の尺度が、幸福の尺度に変わったのだと思う。

コスパ・効率・元を取る——それは「最大値」の追い方だった。
でも本当に欲しかったものは、そこにはなかった。

損得勘定ではなく、時間・幸福・自分が大切にしたいもので動くようになった。
その方が、1日の終わりに「いい1日だった」と思える。

思えば、質より量で満足を測っていた頃は、幸福度の解像度がまだ低かったのだと思う。
50代になって、経験を重ねたからこそ、何が自分を本当に満たすのかが見えてきた。

私の場合、自分・仕事・家族のことで満足いくことができると、幸福の水位が高く、満たされる日になる。
満足の最大値は、人によって違うし、年齢によっても変わる。
50代になって初めて、自分の幸福の水位がわかってきた気がする。

最大値じゃなくていい。
自分の水位がわかれば、それで十分だ。

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ABOUT ME
バマ
バマ
50代の再チャレンジャー
アスレティックトレーナー/トレーニングコーチ。 プロとアマチュア、両方の現場で25年以上、選手と向き合ってきた。 50代になって気づいた。自分を一番蔑ろにしていたのは、自分自身だった。 体を整え、思考を整え、暮らしを整え、そして自分を整える。 守りから、前へ。
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