スマホとの距離を、設計し直した|50代が見つけた、「確認しなきゃ」からの解放
YouTube、ゲーム、アニメ。
気づけば長時間、スマホの画面を見続けている日があった。
時間を忘れて、次から次へと見てしまう。
そのうち、頭痛がするようになった。
頭痛と、どこかで聞いたブルーライトの話
長時間、画面を見続けることが、頭痛や肩こりを引き起こす「デジタル眼精疲労」と呼ばれる状態を招くことは、専門家の間でも指摘されている。
原因は目の使いすぎだけじゃなく、脳への刺激も関係しているらしい。
家族には、目が赤いと指摘されることも増えていた。
どこかで見聞きした、ブルーライトが睡眠の質を下げるという話も、頭の片隅に引っかかっていた。
夜にブルーライトを浴びると、脳が「まだ昼間だ」と勘違いして、眠りを促すホルモンの分泌が抑えられるらしい。
それが、睡眠の質を上げたいと思っていたタイミングと重なった。
完全に断つんじゃなく、線を引き直した
それからは、使う時間が長くならないように意識している。
余計なニュースや記事は見ない。
ゲームはやらなくなった。
スマホの用途を、ある程度限定するようになった。
眼科で教わった「20分見たら、20フィート(約6m)先を20秒見る」という休め方も、思い出した時だけ実践している。
特に、森や木々の緑が見える時は、意識してそっちを見るようにしている。
遠くを見て目の筋肉を休める効果に加えて、緑には気持ちを落ち着かせる効果もあるらしい。
ただし、仕事の通知だけは、今もそのままにしている。
何かあったらと思うと、切る決断ができない。
プライベートが削られている自覚はあるし、ストレスになっている部分もある。
ここは、今後の検討課題として正直に置いておく。
全部を線引きできているわけじゃない。
「確認しなきゃ」から解放された
一番変わったのは、義務感から解放されたことだ。
あれを確認しなきゃ、あのソシャゲに参加しなきゃ。
そういう小さな義務感が、思っていた以上に自分を縛っていた。
以前は、暇さえあればスマホを手に取っていた。
今はApple Watchで通知を一次チェックして、仕事関連のものがあれば携帯で確認する程度。
こまめに携帯を手に取って、何か来ていないか確認する作業は、かなり減った。
余白時間の使い方も、以前より明確になってきた。
「暇つぶしのスマホ」という時間が、少しずつなくなりつつある。
何もない時間があると、以前は反射的にスマホを開いていた。
今は、その時間をどう使うか、少し考えてから動くようになった。
この小さな間ができただけで、余白の質そのものが変わった気がする。
それでも、完璧じゃなくていい
正直に言うと、隙間時間についニュースや動画を見てしまうこともある。
スマホのアルゴリズムは、こちらが興味を持ちそうなものを的確に流してくる。
そこに引っ張られないよう意識はしているけれど、それでもつい見てしまうのは、しょうがないと思っている。
大事なのは、完全に断つことじゃない。
罪悪感があるうちは、まだ改善の余地があるということ。
そこに罪悪感がなければ、コントロールできているということだ。
流されているのか、コントロールしているのか。
その違いが、一番大事な軸だと思う。
「見た時間の長さ」より「その時間を自分で選んだかどうか」を基準にすると、判断がぶれなくなる。
そういえば、あれほどあった頭痛も減った。
家族によく目が赤いと言われていたけれど、その頻度も減ってきた気がする。
時間を、設計できているか
スマホとの距離は、完全に断つものじゃなくて、設計し直すものだった。
手放せなかったのは、意志が弱いからじゃない。
何を残して、何を減らすか、その線引きがまだ曖昧だっただけだ。
完璧に手放す必要はない。
ただ、選んでいるか、流されているか。
そこだけは、見失わずに、線を引いておきたい。
