ベストより、都合が優先される|50代が気づいた、それぞれの価値観が交差する場所
ベストなチョイスをしているつもりだった。
でも相手が求めているのは、自分のベストじゃなかった。
「ベスト」は、立場によって変わる
仕事で提案をする時、自分なりに考え抜いたものを出す。
これがベストだと思って。
でも選手の悩みは、そこにあるわけじゃなかった。
もっと些細なことだった——という場面が、何度もあった。
逆もある。
自分にとってはたいしたことじゃない一言が、同僚や部下にとっては本当に助かることがある。
上司が「これがベストだ」と判断したことが、現場には「都合」に映る。
現場が「これしかない」と思っていることが、上司には「言い訳」に見える。
どちらも間違っていない。
ただ、立場が違うだけだ。
何のベストなのか、が問題だった
「ベスト」にも種類がある。
状況のベストなのか。
内容のベストなのか。
スピードのベストなのか。
マインドのベストなのか。
今すぐやれることを実行するスピード感が優先される時もある。
完璧な内容より、間に合うことの方が大事な場面もある。
その判断ができないと、「都合」という解釈になりやすい。
ベストと都合の境界線は、思っているより曖昧だ。
昔は、ベストを押しつけていた
若い頃は正義感が強かった。
ダメなものはダメ。
ベストを追い求めていた。
でも今思えば、それは自分の中のベストだった。
相手のベストじゃなかった。
同じ言葉の説明でも、選手の経験値・年齢・レベルによって、捉え方はまるで違う。
自分と部下が同じ仕事ができるわけじゃない。
同じやり方が、全員に通用するわけでもない。
それに気づくまでに、時間がかかった。
立場が変わるたびに、見え方が変わっていった。
色々な役割をこなしてきて、見えてきたこと
若手だった頃、中堅になった頃、後輩を持つようになった頃。
そのたびに、同じ景色が違って見えた。
50代になって、物事を色々な側面から見られるようになった。
選手として、スタッフとして、先輩として、後輩として。
それぞれの立場を経験してきたから、それぞれの見え方がわかるようになってきた。
ベストより都合が優先される——それはそれぞれの価値観が交差しているということだ。
諦めじゃない。
バランスだ。
余白を持つことが、50代のベストだと気づいた
今は、余白を持つようにしている。
自分の考えをしっかり持った上で、まず相手の話を聞く。
そこから、その時に合うベストの落とし所を模索する。
ラジオのチューニングをするような作業だ。
周波数を少しずつ合わせながら、今この瞬間に一番クリアに届く音を探していく。
そのために、いくつかのオプションを準備しておく。
幅を持たせておく。
それが、余白を持つということだと思っている。
自分のベストを押しつけない。
状況によってベストは変わると知っている。
それは妥協じゃない。
色々な役割をこなしてきた50代だからこそ、たどり着けた視点だと思っている。
ベストを追い求めることをやめたわけじゃない。
ただ、誰にとってのベストかを、考えるようになった。
