断捨離アラート|50代が気づいた、「物持ちがいい」の正体

バマ

ファッションを気にしなくなった。

正確に言うと、気にする対象がいなくなった。
それだけだ。

考えなくていい選択を、増やしてきた

服選びに悩む時間が惜しくなって、いつの間にか「考えなくていい選択」だけが残っていた。
パーカーは同じ色を3〜4着。
白Tシャツは4〜5枚をローテーション。
履きやすいデニムとワイドパンツ。
下着は1週間分用意して、1年でまとめて総入れ替え。
本は電子書籍にした。
場所も取らないし、捨てる手間もいらない。
靴は半年使わなければ処分する。

出張と遠征が多い暮らしが、この基準を磨いた。
必要な物だけ持てば、それで足りる。
ただ、清潔感だけは今も意識している。
ファッションを気にしなくなったことと、だらしなくなることは、別の話だと思っているからだ。

「長く使える」が、いつも正解とは限らなかった

でも最近、もう一段深いところに気づいた。

「長く使えるもの」が、いつも正解とは限らない。

10年以上、取っておいた服がある。
いつかまた着る時が来ると思っていた。
でも流行り廃りは待ってくれない。
日の目を見ることのないまま、先日、断捨離の対象になった。

それなりの値段もしたし、捨てる時は正直もったいなかった。

でも今は、もったいなさより、年相応の服を着る方を選ぶようになった。
見た目はいいけど、機能はどうか。
そこで判断するようになったからだ。
ファッションを頑張る年代じゃなくなった今は、暑さ寒さを和らげる方が優先される。

そういえば、寝巻き用のTシャツも、最近まで10年選手を着続けていた。
物持ちがいい、と言えば聞こえはいい。

でも本当は、めんどくさがっているだけだったんだと思う。
すでに下着として機能は落ちていた。
新しくすれば、その分の恩恵はちゃんと受けられる。
それでも変えなかったのは、大事にしていたからじゃなくて、変える手間を面倒に感じていたからだ。

古いクーラーと同じだ。
まだ動く。
でも部屋が涼しくなるまで時間がかかるし、燃費も悪い。
新しくすればすぐに涼しくなるし、電気代も抑えられる。
それがわかっていても、買い替えるまでの過程が面倒で、動いているうちは動かさない。

長持ちと、面倒くさがりを、区別できていなかったんだと思う。

その面倒を、あっさり片づけてくれたのが妻だった。

「そんなの、新しいの買えばいいじゃん」

彼女にかかれば迷いは一瞬で終わる。
おまけに、買ってきてくれることまである。
その一言がきっかけで、下着は1年でまとめて総入れ替えする習慣に変わった。
フットワークが軽い人がそばにいると、断捨離は勝手に進む。
面倒くさがりの自分にとっては、正直かなり助かっている。

管理できる量が、脳を守る量だった

整理整頓にこだわるのは、家の中が散らかると落ち着かないからでもある。

物が多いと、どこに何があるか忘れる。
管理できる量に絞ることは、脳のリソースを守ることでもあると思う。
持ち物の量と、頭の中の余白は、案外つながっている。

自分がいなくなった後のことまで、考えている

そしてもう一つ、正直に書いておきたい理由がある。

自分がいなくなった後、家族がこの荷物を整理することになる。
その時に、お金がかかったり、手間がかかったりするのは、できるだけ減らしておきたい。
それも今、断捨離をする理由の一つになっている。

思い出の品だけは、今もいくつか取ってある。

でも、正直に言うと——その思い出に浸るために、実際に手に取った例は、今のところ一度もない。

それでも捨てられずにいる。
矛盾しているのはわかっている。
でもそれが今の自分の、素直な現在地だ。

断捨離は「捨てる」んじゃなく、アラートだった

断捨離は、「捨てる」作業だと思っていた。

でも今は少し違う気がしている。
半年使わない。
機能を失っている。
管理できる量を超えている。
それに気づくこと自体が、アラートなんだと思う。
体からのアラートに気づいて速度を修正するのと、同じ構造だ。

モノも、体と同じように、気づいたら整えればいい。
それだけの話だった。

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ABOUT ME
バマ
バマ
50代の再チャレンジャー
アスレティックトレーナー/トレーニングコーチ。 プロとアマチュア、両方の現場で四半世紀以上、選手と向き合ってきた。 50代になって気づいた。自分を一番蔑ろにしていたのは、自分自身だった。 体を整え、思考を整え、暮らしを整え、そして自分を整える。 守りから、前へ。
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