天気に気分を左右されると気づいた日|50代が選んだ、情景で生きる暮らしの設計
天気ひとつで、こんなに気分が変わるのかと驚いた朝があった。
晴れた朝、なんとなく気分が踊る
窓を開けたら晴れていた。
庭に夏の光が満ちている。
コーヒーの匂いと一緒に、今日一日への期待みたいなものまで立ち上がってくる感覚があった。
最近は曇りがちな日が続いていた。
天気がパッとしないと、気分もどこかいまいちだった。
夏なのに空がどんよりしていると、季節への予想が外れたような、ちょっとした残念さがある。
太陽が燦々と降り注いでいるという状況そのものに、気持ちを持ち上げる作用があるのかもしれない。
天気とメンタルの関係、実際にそういう研究があるらしい
日照とメンタルの関係、実は最近になって、実際のデータで裏付けられ始めているらしい。
英国・イーストアングリア大学の研究チームが、約460万件の医療利用データを分析した調査がある。
日照時間が短い日ほど、メンタルの不調を理由に電話相談や時間外診療を利用する人が増える傾向が見えたという。
興味深いのは、「雨」そのものとの関連は薄く、効いていたのは日照時間の長さだったという点だ。
太陽光が体内時計を整え、気分の調節に関わるセロトニンにも影響する。
そのあたりが背景にあるのではないか、と研究チームは見ているらしい。
もちろん、これは医療機関の利用件数から見えてきた傾向であって、「曇りの日は誰でも不調になる」と言い切れる話ではない。
それでも、なんとなく感じていた天気と気分のつながりが、あながち気のせいでもなさそうだとわかると、ちょっと安心する。
そう考えると、どこで生活するか、どんな景色が日常的に目に飛び込んでくる場所で暮らすかというのは、思っている以上に大事なことなのかもしれない。
天気は選べないが、日常的に身を置く環境は、ある程度自分で決められる。
住む場所で、景色は変えられる
自分は今、ちょっと田舎寄りの、それでも徒歩圏内にスーパーがある静かな住宅街に住んでいる。
仕事場は都会、家はちょい田舎。
都会の便利さより、静かな暮らしの方が自分には合っている。
窓を開けた時に見える景色が、コンクリートよりも緑や空である方が、朝のスイッチの入り方が違う気がする。
加えて、街の静寂や木々の緑に囲まれた風景に身を置いていると、ストレスが浄化されていくような感覚がある。
ある意味、このメリハリが心地いい。
通勤40分が生んでいる、思わぬメリット
通勤は自家用車で40分ほどかかる。
決して短くはない。
でも、この距離のおかげで、動線上にいくつかトレーニングできる店舗がある。
朝早くて渋滞が読みにくい時は家の近く、時間が読めない日は職場に近い店舗で、残った時間を使う。
渋滞でどれだけ時間を取られても、行き先を変えれば対応できる。
加えて、車の中で過ごす時間は、何かを考える時間にもなる。
ちょうどいいプライベート時間、と言えるのかもしれない。
もちろん、通勤に時間をかけない方が、時間の調整はしやすいし、緊急時にも動きやすいし、渋滞のストレスもない。
ストレスの総量で見れば、その方が少ないのは間違いない。
それでも、あえて距離のある暮らしにしているのは、効率だけでは測れない何かを、この移動時間に見出しているからなんだと思う。
トレーニング現場でも感じる、天気と空気感
気分が景色や日照に左右されるのは、通勤の話に限らない。
トレーニングの現場でも、似たようなことを感じる瞬間がある。
晴れた日の練習と、どんよりした空の下での練習では、同じメニューでも選手たちの表情の作り方が違う気がする。
体の状態は数字で管理できても、その日の空気感みたいなものまでは、なかなか数値化できない。
だからこそ、天気に振り回される自分を否定せず、そういうものだと受け止めておく方が、結局は健全なんだと思う。
変えられる部分は、機嫌がいい景色にしておく
住む場所も、働き方も、通勤時間の過ごし方も。
全部、目に入る景色を自分で決めているということなのだと思う。
天気に一喜一憂する朝があってもいい。
その代わり、変えられる部分では、自分の機嫌が良くなる景色の方を選んでおく。
それだけで、日々の土台は静かに整っていく。
