逆算して、ストレッチを切り上げた|50代が妻からのラインで気づいた、崩れた予定を乗り切る判断力
ストレッチ中に鳴ったライン
トレーニングを終え、いつも通りストレッチをしている最中だった。
11時、妻からラインが届いた。
粗大ゴミを出しに行くはずじゃなかったか、という内容だ。
午後から行く予定だったが、返信しているうちに、話がどんどん広がっていった。
予定になかったものが、次々乗ってくる
お昼は外に食べに行きたい。
ついでに少し遠出してスーパーにも寄りたい。
粗大ゴミも、実は不要になったソファーまで一緒に出したいという。
自分の予定は、午前トレーニングの後に理髪店、そして午後4時過ぎに娘を迎えに行くことだけだった。
それをすでに妻には伝えていたはずなのに、
結構スケジュールを詰め込んできたな、というのが正直な感想だった。
これ全部こなせるのか、と一瞬迷った。
逆算して、即座に切り上げた
迷ったのは一瞬だけだった。
12時の理髪店までの時間で、ソファーを含めた粗大ゴミを車に積んでしまえば、間に合う。
ストレッチを最後までやり切らずに、そのまま切り上げて家に戻った。
外は雨が降っていた。
2階からソファーを運び出すのは一苦労だったが、妻と2人で何とか車まで運び、粗大ゴミとして処理できた。
時計を見ると1時半。
ランチにちょうどいい時間で片付いた。
この逆算と判断が、後から思えば一番効いていた。
後回しにしていたソファーが、この機に片付いた
正直、そのソファーは処理が大変そうで、ずっと後回しにしていたものだった。
今回も無理かもしれないと思っていたが、どうせやるなら今やってしまおうという気持ちで動いた。
実際にやってみると、思っていたほど大変ではなかった。
妻に言われたことを、その場で実行する最後の一押しが、案外大事なのだと思った。
自分から進んで捨てようとは、たぶん最後まで思わなかった。
長らく気になっていた大物が片付いたことで、家の中の空気まで少し軽くなった気がした。
ルーティンを崩したことが、逆に余白になった
トレーニング後のストレッチは、毎回欠かさずやってきたルーティンだった。
それを最後まで完遂しなかった。
だが翌日、体に大きな影響が出ることはなかった。
多少の疲れは残ったが、それよりも家族に貢献できたことの方が、はるかに大きかった。
ルーティンを一度崩したことが、結果として自分の中の余白になったのかもしれない。
完璧にやり切ることより、その場の状況に合わせて手放す判断ができたこと自体が、収穫だったと思う。
完璧を手放したのは、ストレッチだけではない。
予定そのものの主導権も、今回は妻に委ねる形になっていた。
家族への貢献が、充実度に変換される
12時に理髪店、その後粗大ゴミを捨てに行き、ラーメンを食べ、スーパーで買い物をして、最後に娘を迎えに行った。
娘の迎えは、意外にも余裕を持って行けた。
他の予定もすべて枠内に収まり、スムーズに一日が進んだ。
休日の使い方には、それぞれ役割がある。
仕事という軸ではリカバリーの時間、自分という軸ではトレーニングや理髪店で自分を整える時間、そして家族という軸では、妻からの要求や娘の対応がそれにあたる。
中でも家族に時間を割けるかどうかが、3軸のバランスを保つ上で一番大きい。
妻に何かを頼まれる時、実は正直、いつも「えっ」と渋る気持ちが先に立つ。
だが実行してみると、やっておいて良かったという着地に、ほとんど毎回なる。
この繰り返しがあるから、妻の言うことは、大体間違っていない、という前提で動くようになった。
50代になって、それをより強く痛感するようになったのは、家族のことをここまで把握し、状況を判断できるのが、それが妻の役割で、自分にはない感覚だからなのだと思う。
そういう妻に、感謝しかない。
