きっかけがないと動かない|50代が気づいた、面倒を得に変える思考法
動く時は動く。
ただ、そのフットワークの軽さは、この歳月でずっと一定だったわけじゃない。
トレーニングも、断捨離も、「ついで」じゃないと動けない
40代の頃は、仕事に疲れきっていて、面倒なことへのフットワークはかなり重かった。
妻からの用事も、こなすのがやっとだった。
50代になって、状況が変わった。
ついでの繋がりを使えば、複数の用事を、多少面倒でもこなせるようになった。
用事やきっかけを利用すれば、面倒なことにも動機づけができる――それを、思考を整理していく中で、肌で感じられるようになったことが大きい。
トレーニングに行けるのも、大抵、何かの行動の先にある時だ。
仕事に行く前、娘の送り迎えのついで。
そういう流れがあると、続けやすい。
ジムを続けられる理由――スケジュールに、きっかけを埋め込んでおく
今使っているジムは全国展開していて、地域にも店舗が多い。
職場や娘の学校の導線上に、寄れる店舗がある。
だから時間配分も含めて、スケジュールを立てやすい。
休みの日でも、ガソリンを入れに行くついで、銀行に行く前についで、というように何か用事とくっつけると続きやすい。
逆に、トレーニングのついでに用事を済ませることもある。
正直に言えば、通うことには義務感もある。
もともとは仕事のために始めた側面があるからだ。
今は自分のためだと思っているが、疲れが溜まっている時、スケジュール調整が難しい時は、優先順位を落とさざるを得ない場面もある。
それでも、他の用事とうまく噛み合うと、それが背中を押してくれて、続けやすくなる。
大枠は週2〜3回を目安にしているが、週1回、10日に1回になったとしても、それは続けているものだと捉えるようにしている。
蝋燭の火が大きく燃えているのもいいが、小さくなっても消えないことの方を、今は大事にしている。
去年から放置していたソファーが、妻の一言で動いた
きっかけを使えば動ける、という感覚は、ジムに限った話ではない。
去年から、少しずつ家の断捨離を進めていた。
だが大物のソファーは、粗大ゴミに出せるかどうかの確認が必要で、部屋の隅にとりあえず置いたままにしていた。
実際は、そこまで必要なものでもなかった。
今年になって、妻から「やっぱり要らないよね」という話が出た。
おそらく、妻もタイミングを伺っていたのだと思う。
結局、自分からは動かない。
だが、妻がここぞというタイミングで提案してくると、面倒だと思いながらも、今やっておいた方がいいと思える。
これは、ただの面倒くさがりなのか
面倒だと思いながら、同時に「きっかけがあって動けて良かった」とも思っている自分がいる。
単純な面倒くさがりなら、頼まれても嫌々で終わるはずだ。
だが、実際にはそうならない。
続けるという歯車が一度回り始めると、それを止める勿体なさの方が勝ってくる。
時間と労力を費やした分、続けなきゃというモチベーションが、面倒くささを上回るようになる。
こうなれば、もう締めたものだと思う。
面倒なのは、自分に利益が見えていないだけだった
面倒だと感じるのは、そこに自分の利益が見えていないからなのだと思う。
50代になって、そこに自分なりの利益を見出す思考ができるようになったのかもしれない。
ブログで思考を整理してきたことで、今まで面倒だったことも、見方を変えればプラスになる、という発想ができるようになった。
ピンチをチャンスに変換するような考え方だ。
全てではないけれど、少しずつ自分も変わりつつあるのだと思う。
物事は繋がっている――無駄になることは、実はない
物事は、何かしら繋がっている。
行動は何かを生み出す原動力になるから、決して無駄にはならない。
無駄だったと感じるのは、その時の目的に対してだけの話であって、そこから生まれるものがわかっていれば、それは積み上げていくものの一部になる。
考え方次第だ。
面倒だからやめるのも、ある意味、人生の余白だ。
面倒でも実行するのも、エネルギーは使うが、その見返りは大小問わずある。
それが、その場で顔を出すのか、後からジャブのように効いてくるのか。
それを認識できるかどうかを模索していくのも、50代という時期なのかもしれない。
思考の整え方の順番は、50代 考えすぎて疲れる理由|四半世紀以上現場に立ってきたトレーナーが見つけた、思考の整え方の順番にまとめている。
