思考を整える

同じ場所に立つと、思い出すことがある|50代が気づいた、記憶を分けるフィルターの正体

バマ

何十年ぶりの出張先で、思い出したのは別の場所だった

久々に訪れた今回の出張先。
何十年か前にも、仕事で来たことがあった気がする。
ただ、その時の記憶はほとんどなく、これといって印象に残っている場所ではなかった。

それでも、同じ地域にいるというだけで、ふと思い出す場所がある。
家族と一緒に訪れた、ある史跡だ。

場所が、記憶のスイッチになる

そこで覚えているのは、並木道を歩いた時間だ。
高い木々に囲まれて、辺りは静かで、壮観という言葉がしっくりくる景色だった。
参道はかなり長く、上りが続いて少し疲れたのも覚えている。
古き良き歴史を、頭でなく肌で感じるような感覚があった。

きらびやかな金色のお堂ももちろん印象に残っているが、それ以上に覚えているのは、帰りに寄った茶店のみたらし団子の味だ。
境内で出会った猫——飼い猫かどうかはわからないが——が、突然の訪問者に愛想を振りまいていたことも、なぜか鮮明に覚えている。
木々のマイナスイオンを浴びながら、古いものに触れられた満足感。
それが、その土地の記憶として今も残っている。

調べてみると、匂いや場所が過去の記憶を呼び覚ます現象には「プルースト効果」という名前がついているらしい。
景色そのものより、その場で起きた小さな出来事——疲れたこと、美味しかったもの、思いがけない猫との遭遇——の方が、記憶としては強く残る。
もう一度その場所に立てば、当時の感情ごと蘇ってくるのだろう。

暮らす場所そのものが記憶や感覚に影響を与えることは、環境が、時間の流れを変えていた|50代が気づいた、暮らす場所の力でも感じたことがある。

選手の話を、あまり覚えていない

選手たちは、試合の話をよくしてくれる。
あの場面はすごかった、あの時はこうだった、と。
でも正直なところ、自分はそこまで詳しく覚えていない。
勝ち負けすらあやふやなことがあるし、誰が活躍したか、何点差だったかまでは、ほとんど記憶に残っていない。

これは記憶力の問題なのかと思っていたが、たぶんそうではない。
単純に、興味の持ち方の違いなのだと思う。

興味というフィルターが、記憶の濃さを分けていた

選手の動きや、自分が注目していた場面については、今でも鮮明に思い出せる。
同じ試合を見ていても、覚えている部分がまるで違う。

専門性や興味を通った情報は、意味のあるまとまりとして記憶に定着しやすいという研究があるらしい。
逆に言えば、興味のフィルターを通らなかった情報は、同じ場にいても記憶に残りにくいということだ。

家族や親しい友人のことをよく覚えているのも、同じ理由なのかもしれない。
自分に関わりの深いものほど、記憶は濃く残る。

懐かしさというのは、その人自身だけでなく、その人の周りにあった情景ごと蘇ってくることが多い。
日ごろは思い出すこともない人物が、実際に会って話すことで、記憶ごと呼び覚まされたりする。
人生の一部を共有しているということは、共通の話題であり、共通の思い出でもある。

その共有した記憶が一番多いのが、家族なのだと思う。
家族という存在は、自分という人間を、思い出や経験というものを通して、生かし続けてくれているのかもしれない。

家族と過ごす時間の意味については、家族で食事に行く理由が変わった|50代が気づいた、時間の使い方の本質でも書いた。

記憶は、平等に残っているわけじゃなかった

記憶は、経験した順に均等に積み重なっているわけではない。
興味や関わりの深さというフィルターを通った分だけ、濃く残っていく。

大切にしたいものは、意識して興味を向けているというより、放っておいても勝手に大切だと感じて、自然と意識が向いているものなのかもしれない。
逆に言えば、記憶に残っていないものは、その時点で興味がなかったということでもある。
記憶のキャパシティーは有限で、その中で自然な取捨選択が行われているだけなのだと思う。

頭の中に置いておくこと自体にもコストがかかるのだと、頭の中に置いておくことが、コストだった|50代が気づいた、思考の断捨離でも感じた。

ただ、微かにしか残っていない記憶なら、もう一度その場所を訪れることで、思い出せることもある。
以前行ったことのある場所として訪れるのではなく、あの時の記憶を思い出しに行く場所として、もう一度足を運んでみるのもいいのかもしれない。

考えすぎて疲れてしまうのも、記憶や意識の向け方と無関係ではない気がする。そのあたりは、50代 考えすぎて疲れる理由|四半世紀以上現場に立ってきたトレーナーが見つけた、思考の整え方の順番でも触れている。

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

ABOUT ME
バマ
バマ
50代の再チャレンジャー
アスレティックトレーナー/トレーニングコーチ。 プロとアマチュア、両方の現場で四半世紀以上、選手と向き合ってきた。 50代になって気づいた。自分を一番蔑ろにしていたのは、自分自身だった。 体を整え、思考を整え、暮らしを整え、そして自分を整える。 守りから、前へ。
Recommend
こちらの記事もどうぞ
記事URLをコピーしました