ブログを書いたら、50代が見え始めた|本来の物語の主人公になる話
50代になっても、自分のことがよくわからないままだった。
正確に言うと、見えていなかった。
自分の輪郭が、ぼんやりしたままだった。
ブログを始める前の50代
ブログを始める前、50代という時期への認識が薄かった。
40代の延長線上にいる感覚で、「60代からどうしていこうか」という視点しかなかった。
50代がすっぽり抜けていたのだ。
色々なことが積み重なってきていた。
仕事のこと、家族のこと、自分のこと。
でもそれがモヤモヤとしたまま、どこにも整理されていなかった。
何かが引っかかっているのはわかる。
でも何が引っかかっているのか、言葉にできなかった。
そのモヤモヤを抱えたまま、50代を過ごしていた。
書き始めて、形が浮き出てきた
ブログを書き始めて、最初に気づいたのは自分の言語化の下手さだった。
思っていることを文字にしようとすると、うまく出てこない。
でも無理やり書いていくと、心の底にあったものが形になって浮き出てくる感覚があった。
「あ、自分はこういうことを考えていたのか」
例えば「自分を好きになること」について書いた時がそうだった。
なんとなくわかっているつもりだった。
でも書こうとすると、言葉が出てこない。
どう好きになるのか。
そもそも今の自分を好きなのか。
無理やり書き続けると、見えてきた。
自分はマイナス面をはっきりさせないようにしていた。
防御反応だったのだと思う。
それを文字にして目で見た瞬間、認識して受け入れる形が取れた。
わかっているようで、わかろうとしていなかったのだ。
恥ずかしいこと、情けないこと、ネガティブな感情も、文字にすると受け入れられるようになった。
向き合えるようになった。
そしてその部分をどう改善していくかを、前向きに考えられるようになっていった。
気づけば98本になった
気づけば98本になった。
一番大きく変わったのは、自分の軸がはっきりしてきたことだ。
思っていることを目で見て、言葉にして、整理する。
そのサイクルを繰り返すうちに、自分という人間の輪郭がくっきりしてきた。
その軸の中心にあったのは、自分の体と健康だった。
自分のことを考え始めると、連鎖が起きた。
健康で好きなことができ続ける体を作りたい。
そのために体脂肪率を減らす、筋量を維持する。
その視点で睡眠・食事・トレーニングの内容を決めるようになった。
目的が「自分のため」になった。
40代の頃にストレス発散だったデザート、間食、飲み会。
それらの優先度が変わっていった。
健康という軸が定まると、何が必要で何が不要かが自然に見えてくる。
軸があると、関連することが全部繋がって形になっていく。
自分をしっかり持って、行動するようになった。
自分自身が中心で、物事が動くようになった。
本来の物語の主人公になった、そんな感覚がある。
五十にして、天命を知る
孔子は言った。「五十にして天命を知る」と。
50代とは、今まで積み重ねてきたものを精査する時期だと思うようになった。
そして60代という、仕事というメインステージを終える時期に向けて、どう準備していくかを考えるターニングポイントだ。
ブログを書くまで、その意味がわからなかった。
書いて、整理して、自分の軸が見えてきて、初めてわかった。
50代は、40代の延長じゃない。
積み重ねを精査して、次のステージへの準備をする時期だ。
それがブログを書いて、初めて腑に落ちた。
ブログを書いたら、50代の意味が見え始めた。
ブログで見え始めた50代の物語の全体像は、50代 自分がわからない理由|自分の整え方の順番にまとめている。
主人公として歩く順番の地図だ。

[…] ブログを書くことで、自分が何を大切にしているかを言葉にする機会が増えた。時間の使い方を考えるようになった。幸福度を基準に動くようになった。自分が本当に欲しいものを問うようになった。 […]
[…] その出会いが、スタイルそのものを変えた。「書いていく」から「書きたい」へ。情報発信から、自分の想いを整理して伝えるスタイルへ。4つのカテゴリーという設計も、そこから生まれた。 […]
[…] ブログを書いたら、50代が見え始めた。頭の中にあるうちは、もやもやしていたものが、言葉にすると輪郭を持つ。書けば書くほど、自分という人間の地図ができていった。 […]
[…] そういえば、ブログを書く時の気持ちも、環境で違う気がする。都会のど真ん中のホテルで書いている時と、青空と海が見えるホテルで書いている時とでは、同じ作業でも心の状態がまるで違う。窓の外の景色ひとつで、言葉の出方まで変わってくる感覚がある。自然の景色を目にすることが、気分や集中力の回復につながるという研究もあるらしい。 […]