50代 時間がない理由|25年以上現場に立ってきたトレーナーが見つけた、暮らしの整え方の順番
50代になって、一番よく口にしていた言葉がある。
「時間がない。」
でも本当は、時間がないんじゃなかった。
暮らしに、設計がなかった。
一日が、なんとなく終わっていた
朝、ギリギリに起きる。
仕事に行って、帰ってくる。
気づいたら、寝る時間。
ストレス発散のつもりで、余白の時間はスマホを見ていた。
ゲームは、いつの間にか楽しみじゃなくて義務になっていた。
ログインボーナスのために画面を開く。
楽しんでいるのか、こなしているのか、わからなくなっていた。
コロナ禍で家にいる時間が増えてから、この流れが加速した。
時間は、あったはずだ。
でも、なんとなく過ごす時間に、身を任せていた。
時間の正体は、設計のなさだった
あるとき、時間の価値に気づいた。
近くのガソリンスタンドではなく、車で15分かけて給油しに行っていた。
5円安いから。
欲しいものがあっても、すぐには買わなかった。
セールが2週間後だから。
200円安くするために、待っていた。
50代の1時間と、20代の1時間は、同じじゃない。
残り時間から逆算すれば、むしろ今の方がずっと高い。
その高い時間を、ポイントのために並んだ。
どうでもいい情報に、差し出していた。
節約しているつもりで、一番高いものを安売りしていた。
体も思考も、設計し直して変わった。
なら暮らしも同じはずだ。
時間がないなら、時間が生まれる暮らしを、先に設計すればいい。
朝を、先に決めた
最初に手をつけたのは、朝だった。
朝5時に起きる。
それだけで、誰にも邪魔されない時間が手に入った。
コーヒーを淹れて、ブログを書く。
静かな時間が、一日の最低保証になった。
時間に追われていた朝が変わったことで、一日の景色まで変わった。
続けているうちに、ルーティンの本当の意味もわかってきた。
ルーティンは自分を縛るものじゃない。
決めておくことで、考えなくて済む。
そして、詰め込みすぎないこと。
余白が、他の時間を引き立てた。
予定で埋まった一日より、余白のある一日の方が、濃かった。
モノと情報を、減らした
次は、減らす番だった。
完璧な断捨離じゃなくていい。
気がつかないうちにストレスになっていたものから、少しずつ、捨てていく。
物置になっていた机の上を空にした日、わかったことがある。
空間が整うと、頭の中まで整う。
減らすのは、モノだけじゃなかった。
予定も、心配事も、頭の中に置いておくことが、コストだった。
カレンダーに書く。
妻に話す。
外に出す。
それだけで、頭が軽くなる。
ニュースもSNSも、情報を取らなくなった。
入れる情報を減らしたら、自分の思考が戻ってきた。
スマホとの距離を、設計し直したのも大きい。
依存として使うか、選択として使うか。
同じスマホでも、まるで別物だった。
お金の使い方が、時間を変えた
暮らしの設計の最後は、お金だった。
守るためのお金から、お金の使い方が変わった。
恐怖ベースの節約をやめて、幸福に投資する。
時間をお金で買うようになったら、暮らしの速度が変わった。
値下がりを待っていた時間で、やりたいことができる。
そして、モノより思い出にお金を使うようになった。
モノは古びていくけど、思い出は時間が経つほど価値が増える。
複利で効くのは、お金だけじゃなかった。
暮らしは、人生の土台だった
暮らしを整えて、わかったことがある。
体を整えるのも、思考を整えるのも、暮らしという土台の上でやっている。
土台が崩れていたら、どれも続かない。
今はデータが教えてくれたことを頼りに、睡眠も運動も記録している。
感覚じゃなくて、数字で暮らしを見る。
成長が見えると、続けたくなる。
暮らしの整え方に、特別な才能はいらない。
朝を決める。
減らす。
お金の役割を変える。
自分は50代の途中から始めて、間に合った。
まだ、スタートしても手遅れにはならない。
「時間がない」が口癖のあなたも、今日からで大丈夫だ。
