思考を整える

生活を、トータルで考えるようになった|50代が気づいた、便利・不便・健康の設計論

バマ

縄文時代の人たちは、不便だったのだろうか。
その問いを、ずっと考えていた。

便利と不便は、何を基準にしているのか

便利か不便かは、感覚で決まるわけじゃない。

何かを基準にして、それに対して良いか悪いかで判断している。
時間がかかるから不便。
お金がかかるから不便。
体力を使うから不便。
逆に、時間が省けるから便利。
手間が減るから便利。

つまり、便利・不便の判断は、自分が何を大切にしているかの裏返しだ。

では、その基準はどこから来るのだろう。

縄文時代には、設計がなかった

生きるためにやるしかなかった。
そこに便利・不便の概念はない。

縄文時代、人は食料を調達するために狩りをした。
遠くまで歩き、獲物を追った。
危険であっても、必要だからやる。
時間も体力も、全部そこに向かっていた。

余分なものが、なかった。

生きること自体が、全部つながっていた。
食料を得るために動く。
動くことで体が鍛えられる。
体が鍛えられるから、また動ける。
設計しなくても、生活の中に必要なことが自然と組み込まれていた。

今は違う。
食料は簡単に手に入る。
機械が代わりに動く。
時間も体力も使わずに、必要なものが揃う。
便利になった分、体を動かす機会が減った。
健康という意味では、何かを意図的に補わなければいけない時代になった。

50代で、基準が変わった

20代・30代は、時間も健康も、お金に変換していた。
1年で360日働いていた時期もある。
それくらい、仕事へのやりがいと経済的な充実を最優先で駆け抜けてきた。
時間の価値を考える余裕は、正直なかった。

40代になると、時間の価値が少しずつ見えてきた。
お金で買えないものがある、ということが実感としてわかってきた。

50代になって、その感覚がさらに変わった。

時間を何に使うか、という問いの答えが、「自分」に向いてきた。
自分の健康。
自分の思考。
自分が本当に必要としていること。
その答えが、少しずつ見えてきた気がする。

資源を、自分へ向け始めた

時間・お金・体力。これらは有限な資源だ。

その頃は、資源を外に向けることが多かった。
仕事に、人に、目の前の課題に。
それは必要なことだったし、間違いではなかった。

でも50代になって、その配分が変わってきた。

自分の健康への投資が増えた。
自分の時間の使い方を、もっと意識するようになった。
必要なことに資源を使い、不要なことには使わない。
そういう選択の精度が、少しずつ上がってきた気がする。

具体的には、時間と体力をあえて使うようになった。
遠回りして歩く。
お金をかけてジムに通う。
不便な選択をすることが、健康への投資だとわかってきたからだ。

資源を自分へ向け始めた、というのが一番近い表現かもしれない。

設計できるようになった、ということ

縄文時代は、設計しなくても生活の中に必要なことが組み込まれていた。

今は、意図的に設計しなければいけない。
便利な選択肢をあえて不便にする。
時間をどこに使うかを決める。
健康への投資を生活の中に組み込む。

面倒に思えるかもしれない。
でも、一度設計してしまえば、あとは自動的に回る。
思考の浪費が減る。
判断しなくていい場面が増える。

朝のルーティンがそうだ。
毎朝同じ順番で動けば、何をするか考えなくていい。
決断の数が減る分、大事なことに頭を使える。

50代になって、その設計ができるようになってきた。

経験があるから、何が必要で何が不要かがわかる。
基準が明確だから、判断が速い。

それが、50代になって育ってきた、生活を設計する力なのかもしれない。

思考の整え方の順番は、50代 考えすぎて疲れる理由にまとめている。

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ABOUT ME
バマ
バマ
50代の再チャレンジャー
アスレティックトレーナー/トレーニングコーチ。 プロとアマチュア、両方の現場で四半世紀以上、選手と向き合ってきた。 50代になって気づいた。自分を一番蔑ろにしていたのは、自分自身だった。 体を整え、思考を整え、暮らしを整え、そして自分を整える。 守りから、前へ。
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