思考を整える

分かっていて、任せることにした|50代が見つけた、正義感との付き合い方

バマ

報告のルートを通らずに、物事が決まっていく。
そんな場面が、最近は増えてきた。

いつの間にか、決まっていることが増えた

自分に伝えられないまま、気がつくと決まっていることがある。
世間話の流れで、いろいろ伝わっているのだろうとは思う。
それでも、勘ぐる気持ちは出てくる。

確認もされていない話が、すでに決まったこととして届く。
どうして知っているのか。
そちらで決めたなら、そちらでやってほしい。
そんなふうに、つい反応してしまう時がある。

大人の対応で、文句も言わずにやる時もある。
ただ、こちらにも我慢できないことはある。

正義は、人の数だけあった

自分の利益のために動いているのが、丸わかりな時。
それを手助けしたくない、という気持ちが出る。
ちょっと天邪鬼な思考になる。

そこで、ふと思う。
それは、自分の正義の物差しで測っているだけではないか。

出世が正義な人。
高い給料を求めることが正義な人。
人に頼られることが正義な人。
自分の存在価値を見出すことが正義な人。
仕事では、ごまかしてでも通すことが正しい、という考え方もある。
それぞれに、それぞれの正義がある。
必ずしも、理解する必要はない。

自分の正義は、自分の中にあるだけでいい。
自分の中で成り立たせればいい。
他の人を気にしすぎても、エネルギーを消耗するだけだ。
自分の見える範囲の仕事を、しっかりやる。
そのほうが、気を遣わないし、労力も使わない。

守りたいのは、他の人の負担だった

ただ、本当に避けたいことは、別にあった。
状況を把握していない人の助言で、決定事項が降りてきて、他の人の仕事が増える。
その人たちに、迷惑がかかる。

そのバランス感覚がある人なら、いい。
けれど、意外にそういう部分がない人が助言をするから、厄介になる。

自分の利益で動いているかどうかより、誰に負担がかかるか。
ただ気に入らないのと、実害が出るのとは違う。
そこが、自分の線だった。

止めるより、分かっていて任せる

負担が他の人に及ぶ時は、意見は言う。
ただ、あからさまには否定しない。
負担が減る方向へ、少しずつ導いていく。

一方で、本人だけが痛い失敗なら、悪い結果になると分かっていても、あえて放置して、経験させる時もある。
今までは、止めようと尽力してきた。
けれど、失敗を経験することで、伸びる部分もある。

分かっていて任せる。
それも、自分のことに集中するという考え方だ。

期待は、自分にだけ向ければいい

ちょっとしたことで満足できることもあれば、労力をかけないと納得いかないこともある。
ただ、それは自分の物差しだ。
それを周りの人に当てはめるから、労力を使う。
気持ちも、スイングしてしまう。

結果には、納得がいかなかった。
それでも、自分の仕事としては満足できた。
その分、家族や自分の時間を作れた。
仕事としては不完全でも、自分の人生としての満足度は、高かった。

自分が頑張ったから、良くなるとも限らない。
だから、期待は自分自身にだけ向ける。
他人に期待しなければ、よかった時に、いい意味で裏切られる。
プラス材料が増える。

仕事は仕事として、程よく割り切る。
うまくいったら儲け物。
そのくらいで、ちょうどいいと思い始めた。

海外では、領域に入っても割り切れた

トレーニングを教えている時、現地の指導者に、同時に教える場面があった。
自分も興味を持って内容を聞いた。
自分なりに吸収しながら、自分の考えも含めて、その選手に話すことができた。

日本とは、違う場面だった。
日本なら、そこで引いて任せる。
相手の領域を冒すと、面倒なことになる。
その後の関係が続くからだと思う。

海外は、仕事が生活の中にあるぶん、構造上、意外に割り切れる環境なのだと思う。
日本は、仕事と生活の境界が曖昧になりやすい。
その曖昧さの中で振り回されないための最小単位が、自分の仕事に集中することだった。

線の引き方は、環境で変わる。
変わらないのは、自分の正義を自分の中で成り立たせるということかもしれない。

思考の整え方の順番は、50代 考えすぎて疲れる理由(思考#37・ハブ記事)にまとめている。

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ABOUT ME
バマ
バマ
50代の再チャレンジャー
アスレティックトレーナー/トレーニングコーチ。 プロとアマチュア、両方の現場で四半世紀以上、選手と向き合ってきた。 50代になって気づいた。自分を一番蔑ろにしていたのは、自分自身だった。 体を整え、思考を整え、暮らしを整え、そして自分を整える。 守りから、前へ。
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