オフのようで、オフではなかった|50代が気づいた、待機状態という見えない疲れ

バマ

仕事をしていない時間なのに、気がつくとスマホのことを気にしている。

仕事とプライベートの境が、なくなっていた

仕事をしていない時間帯でも、スマホには会社のチャットが届く。
情報が共有される。
上司から質問が来ることもある。

ある意味、仕事とプライベートの境が、なくなってきている。

ログが流れて、情報を見逃してしまうことがある。
返信し忘れることもある。
だから、いちいち気を遣わなければいけない。

「完全に気にしなくていい」が、なかった

通知が鳴っていない時間でも、頭のどこかで待っている。
完全に気にしなくていい状態では、ない。

これが、オンが続いている感覚の正体なのだと思う。
待機状態だ。
だから、休んでいるはずなのに、心が休まらない。

もちろん、工夫はしている。
通知をいちいち見ないようにする。
トレーニングなど、別のことに集中して、その時間はスマホを見ない。

それでも、頭の隅に待機している感じは残る。

気にしなくていい状態が、日常にはなかった。

海外でも通知は鳴る。でも、気にしなくていい

海外にいても、通知は同じように鳴り続けている。
ただ、距離がある。
時間帯も違う。
こちらには関係ないと思える。

何かあれば、直接連絡が来ると思う。
だから、通知は無視できる。
距離がある分、緊急にはこちらが対応できない。
それも、気にしなくていいと思える理由になっている。

通知の数は、変わらない。
変わったのは、気にしなくていい理由があることだと思う。

人の目と声から離れると、気にしなくていいことが増える

日本にいると、人の目を気にする。
声も、耳に入ってきやすい。

無の状態になることが、ほとんどない。

海外では、英語はよく聞かないと頭に入ってこない。
だから、周りの声があまり気にならない。
スペースもあって、人との距離感もある。
五感で、気にしなくていいことが多くなる。

外に出れば、人が多い。
だから、あまり出かけたいとは思わなくなる。
家にいても、居心地はいい。
ただ、なんとなくごちゃごちゃした感じがあって、少し落ち着かない。

だから、急に整理整頓したくなることがある。
アニメを見て、広大な冒険の世界観に入り込む。
擬似的に、その世界を楽しみたくなることもある。

この、どこか別の世界に入り込みたくなる感覚が、気になっている。

オンは消せない。切り替えているだけなのかもしれない

考えてみると、何かが常にオンになっている。
思考がオンの時もあれば、体がオンの時もある。
耳や目がオンの時もある。

トレーニングは、思考のオンを、フィジカルのオンに切り替える作業なのかもしれない。
その最中だけは、思考のほうが自然とオフになる。
終わると、また戻ってくるけれど。

アニメを見るのも、同じなのかもしれない。
目や耳のチャンネルに切り替えて、他の部分をオフにしている。

オフというのは、すべてを止めることではない。
オンの置き場所を変えることだ。

オンの置き場所を、自分で選べるようにしたい

50代になっても、オンとオフをしっかり切り替えるのは、難しい。
それでも、トレーニングをする。
余白を作る。
家族の時間を大切にする。
自分、家族、仕事の3軸で、時間配分ができるようにはなってきた。

その中で余白をしっかり作って、オンとオフをもっと構築していきたい。

結局、何がオンで、何がオフなのか。
オンをどこに置くかを、自分で選べていない部分がある。
考え方のヒントは、見えてきた。
でも、日常で使い分けられるところまでは、できていない。
少しずつ、できるようにしていきたい。

オンを消そうとせず、どこに置くかを、自分で選べるようにしたい。

→ まとめて読むなら|50代の暮らしの整え方

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ABOUT ME
バマ
バマ
50代の再チャレンジャー
アスレティックトレーナー/トレーニングコーチ。 プロとアマチュア、両方の現場で四半世紀以上、選手と向き合ってきた。 50代になって気づいた。自分を一番蔑ろにしていたのは、自分自身だった。 体を整え、思考を整え、暮らしを整え、そして自分を整える。 守りから、前へ。
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