50代 体が疲れやすい理由|25年現場を見てきたトレーナーが教える、整え方の順番
なんとなく、だるい。仕事をするだけで精一杯になっていた
25年、プロスポーツの現場でアスレティックトレーナーとして働いてきた。
選手の回復力、パフォーマンスの波、年齢による衰え方——そういうものを、ずっと近くで見てきた。
でも、いつからか、自分自身の体が一番の他人事になっていた。
なんとなく体がだるい。
行動に移せない。
仕事をするだけでエネルギーを使い果たしてしまう。
それに加えて、ふと気がつくと腰が張っていたり、急に関節が痛かったりということも増えてきた。
40代の頃は、こんな感覚はなかったはずだ。
気づいてはいたが、まだどこかで「そのうち戻るだろう」と思っていた。
数字が突きつけてきた現実
体感だけならまだごまかせた。
でも健康診断の数字は、ごまかしてくれなかった。
LDLコレステロール値が上がっていた。
血圧は上が150。
体重は、肥満側に片足を突っ込みつつあった。
典型的な「おっさん」の数字が、そこに並んでいた。
このまま放置すれば、薬に頼らないと生きていけない未来が待っている。
体感と数字、両方から現実を突きつけられて、ようやく自分のこととして受け止めた。
プロの現場で選手の体には向き合ってきたはずなのに、自分の体には一番向き合えていなかった。
皮肉な話だが、それが本当のところだった。
休み方にも、動き方にも、設計がなかった
振り返ると、コロナ禍で家にいる時間が増えたあたりから、行動力がなくなっていった。
まず休もう、という発想が先に立つようになった。
睡眠時間は不規則で、就寝時間も遅い。
リカバリーができないまま、体力だけが落ちていった。
休むこと自体が間違っていたわけじゃない。
休み方にも、動き方にも、設計がなかっただけだ。
そしてもうひとつ、気づいたことがある。
体が動かない理由は、体力の問題だけでもなかった。
脳のリソースを使い切って、メンタルが上がらない。
気持ちが上がらないから、出かけない。
動かない。
しかも当時のストレス発散は、暴飲暴食だったり、夜遅くまでの動画やゲームだったりした。
癒しているつもりで、実は基礎的な回復力をさらに削っていた。
体の疲労感とメンタルの消耗、そして偏った発散方法。
今ならわかるが、この三つは切り離せない関係にあった。
じゃあ、どうすればよかったのか。
答えは、根性でも我慢でもなく、設計し直すことだった。
回復力を取り戻すために、始めたこと
回復力は、年齢だけで決まるものじゃない。
基礎筋力、体の耐久力、睡眠の質、栄養。
この四つを整えることで、年齢とともに落ちていくパフォーマンスを、最低限に抑えられる。
エクササイズやストレッチで体をメンテナンスすることも、同じくらい大事だった。
現場での仕事を終えたあとに芽生えた「まだまだできる」というモチベーション。
それと同じ時期に、ブログを書き始めて自分の思考を整理し始めたことが重なった。
書きながら自分の状態を言葉にすることで、何を優先すべきかが見えてきた。
去年の冬から今年にかけて、体感として一番変化が大きかった時期だ。
ただ、モチベーションだけに頼っていたら、たぶん今も続いていない。
毎日やらなくていい、最初は30分だけでいい、というふうに、続けるための仕組みも同時に作っていった。
1日のどこかに、体を動かす時間をあらかじめ組み込んでおく。
それだけで、気分に左右されずに済むようになった。
自分を好きになるために、体を動かす
その気持ちの中身をよく見てみると、結局のところ、もう一度自分自身を好きになりたい、という気持ちだった。
トレーニングやランニングを始めたのも、仕事のためというより、その気持ちが原動力になっていた。
結果として、体重は8kg落ちて、体脂肪も5%減った。
数字が変わったことより、自分の好きな体型に近づいてきたことの方が、ずっと嬉しかった。
仕事としてではなく、自分のために体を動かす。
その順番の違いが、続けられるかどうかを分けていた気がする。
50代からでも、小さな一歩でいい
50代だからこそ気づける、体のサインがある。
そのサインを見逃さず、その先の豊かな人生のために、小さな一歩を踏み出してみてはいかがだろうか。
まだ、間に合う。
少なくとも自分は、そう信じて動き始めた。
ここから先は、その一歩をどう踏み出すか、順を追って一緒に見ていきたい。

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