スペースがあると、時間がゆっくり流れる|50代が海外の朝食会場で気づいた、距離という余白
朝食会場のテーブルが、やけに大きく見えた。
隣の席まで、遠い。
周りに気を使わなくていい朝
朝食会場に入って、最初に気づいたのは、肩の力が抜けていることだった。
テーブルが大きい。
席の間隔も広い。
日本ほど、人がいない。
隣の人も、周りの声も、気にならない。
食べたのは、ベーグルとコーヒー。
スクランブルエッグとソーセージ。
定番の朝食だ。
食べる時間は、日本とそれほど変わらない。
それでも、自分のペースで食べられる。
ストレスをほとんど感じずに、朝食をとれる。
海外に行くと、よくこの感覚になる。
なんだか、息が深くなる。
広さが、時間の流れを変えていた
ホテルの部屋も、同じだった。
スペースが広くて、余裕がある。
どこにいても、窮屈さがない。
体を縮めて動く必要がない。
ベッドルームとは別に、リビングルームがある。
寝る場所と、くつろぐ場所が分かれている。
それだけで、かなり余裕を感じる。
不思議なことに、時間にも追われている感じがしない。
同じように食べているのに、ゆったりした時間を過ごしている感覚がある。
やることは同じで、仕事もちゃんとある。
それなのに、時間がゆっくり流れているように感じる。
スペースが広いと、時間まで広く感じる。
干渉されない、という楽さ
仕事は、普通にできている。
ただ、周りが自分に干渉してこない。
家族とも距離がある。
気にかける必要がなく、家族からも気にされない。
お互いに気を回さなくていい距離が、気楽でいい。
だから、自分のことだけを考えていればいい。
気を向ける先が、他人から自分に戻ってくる感じだ。
日本にいると、人の目を気にする。
会話が耳障りに感じる時もある。
人がいる空間で、なんとなく嫌な空気を作る人もいる。
そういうものを、無意識のうちに拾っているのだと思う。
海外にいると、それがない。
受信するものが少ないから、落ち着くのかもしれない。
戻ると、すぐに元に戻る
この感覚は、海外に行くたびに味わう。
そして、日本に戻ると、すぐに元に戻る。
日本の朝食会場は、ごった返している。
会話も、結構耳に入ってくる。
静かに食べる、という感じではない。
テーブルも狭くて、朝食を食べるためだけにあるみたいだ。
隣との距離感も、気になる。
人がいる、という存在感が、いつもどこかにある。
それだけで、時間の流れまで速くなる気がする。
街の人の多さは、自分の力では変えられない。
だから自分は、人混みから少し離れたところで暮らしている。
家の中の広さなら、動かせるかもしれない
自分は、もともと人混みが苦手だ。
そのぶん、家は居心地がいい。
ゆったり過ごすほうが、性格に合っているのだと思う。
ただ、あのホテルの部屋ほど、広くはない。
そう考えると、広さの差は、人の多さだけではなさそうだ。
家の中のスペースも、効いているのかもしれない。
自分の生活空間を思い浮かべると、まず広く使いたいのはリビングだ。
スッキリさせたい。
次に、自分の寝室。
周りに物が多くて、ちょっと窮屈な感じがある。
街の人の多さは変えられない。
でも、部屋の中なら動かせる。
物を整理して、部屋を広く使えば、視界が抜ける。
動線も空く。
あの感覚に、少しは近づけるかもしれない。
まだ、やってはいない。
どうなるかは、わからない。
スペースは、思っていたより大事だった。
→ まとめて読むなら|50代の暮らしの整え方
