同じ値段のハンバーガーが、去年と違う味だった|50代が気づいた、お金は道具という感覚
同じ値段のハンバーガーを、去年と今年で食べた。
感想は、まるで違うものになった。
去年は、日本で食べたほうが安いと思った
海外で、ホテルの近くにあるハンバーガーショップに入り、セットメニューを注文した。
現地の値段で、日本円にすると3000円ほど。
日本で同じ内容を食べたら、千円もしない。
頭の中で、すぐに円に換算した。
これなら、日本で食べたほうが安くて美味しい。
そう思って、それからハンバーガーを食べに行くのはやめた。
食べたかった店のものではなかった、というのもある。
ただ、この値段でこれか、と思うと、あまり美味しく感じなかった。
空港で買った水も、1本で千円ほどした。
これも、かなり後悔した。
今年は、同じ値段で、満足が残った
今回も、ハンバーガーを食べた。
値段は、去年とほぼ同じだ。
それなのに、満足度はずっと高かった。
このハンバーガーは、日本にはない。
ここでしか食べられない。
そう考えると、美味しさに、経験としての価値が加わった。
店の雰囲気もよかった。
ここで食べているという現地の空気も、一緒に味わえた。
値段は同じなのに、去年は割高に感じて、今年は満足が残った。
円換算は、お金に囚われる思考だった
今回は、いろいろなことを、円に換算しないようにしている。
換算した瞬間に、頭の中が、儲かったか、損したかの話になる。
お金が中心になって、お金に囚われている感じがする。
今の生き方には、その考え方は、そこまで必要ない。
見るべきは、どんな思い出や経験ができるか。
それが、ここでしかできないことなのか。
毎日が楽しくて、勿体無いと思わなくなった
今年は、現地に着いて最初の食事が、空港だった。
チキンサラダボールと水で、日本円にして5000円ほど。
高いとは思った。
それでも、お腹は空いていたし、水も飲みたかった。
値段は、気にならなかった。
空港は高いな、と、今では思い出話になる。
今回の出張で最初に食べた食事でもあって、さすが海外だな、という良い経験になった。
円に換算せず、現地で過ごしていると、毎日が楽しい。
美味しいものを食べて、満足する。
そのためにお金を使うことが、勿体無いとは思わなくなった。
むしろ、何が自分にとって価値のあるものなのか、わかるようになってきた感じがある。
値段ではなく、残るものを見ている。
貯金は、不安を拭う作業だったのかもしれない
これまでは、お金を増やそう、貯金しようと考えていた。
それは、安心を求めてのことだった。
ただ、それは不安を拭う作業であって、生活を豊かにすることとは、別のものだったのかもしれない。
最近は、先の見通しが立ってきた。
必要以上のお金はいらない、と思えるようになっている。
先行きの不安が、少し解消されつつあることが、根底にあるのだと思う。
それと、人生を幸福に過ごすことが一番大事だと、はっきりしてきた。
ここ1年ほど、ブログを書いて思考が整理できてきた結果でもあると思う。
お金は道具であって、目的ではなかった
時間を有効に使うために。
現地で、いい経験ができるように。
そのための道具として、お金を使う。
使いすぎは、問題だ。
それでも、許容できる範囲なら、思い出や経験に変えていってもいいと思っている。
不安がすべてなくなったわけではない。
それでも、お金に対する向き合い方は、去年とは確かに違う。
同じ経験をしても、自分がどういう思考でいるかで、捉え方は全然違う。
その場を楽しいものにするのか。
いろいろ制限をかけて、ただその日が過ぎていくだけにするのか。
1日の価値は、自分で決めていくものなのだと、つくづく思った。
お金は道具であって、目的ではない。
そう再認識させられた。
→ まとめて読むなら|50代の暮らしの整え方
